34話 管理人
草柳レイ…
長山は、名前を聞いて動揺していた。
「そんなはずはない…彼女は。」
長山は、独り言のようにぼやく。
「確か、若葉溶生さんと噂があった…方ですよね?」
私は、長山に確認する。
長山は蒼白になる顔で頷いた。それから、突き上げる感情に負けたように唐突に私に言った。
「すいません、池を確認しにいきます。
10分たっても来ないようなら、部屋へ戻ってください。」
長山は、言葉が終わるのももどかしそうにさってゆく。
私は、一人、温室に取り残された。
一人……なはずだが、なんとも居心地が良くない。
重い存在感を放ちながらそそり立つ、ショクダイオオコンニャクの蕾のせいだ。
「貴方も…魅了されたのですね?」
背後から、艶のある低い声をかけられて、ギョッとして振り向く。
そこには、管理人の男が立っていた。
「え、すいません。北川さん…ですよね?」
私はつけ髭を疑いたくなる顎までの髭を生やし、日焼けして絞まった体つきの男を見上げて聞いた。
「はい。今、長山さんが出ていかれたようなので、様子を見に来たのですが。」
北川は低く通る声で私に聞く。
「ええ、池の方に…確認に行かれました。」
レイの話はしない方がいいんだろうな。
私はそんな事を考えながらあやふやに答え、話題を変えるのと好奇心で北川に質問する。
「池…といえば、何か、怪しげな伝説があるようですね、ご存じですか?」
私はサンタクロースのような口髭で隠れた彼の顔の表情を探る。
髪も髭も黒々とはしているが、目元は少し疲れていてシワがある。
「人を食べる女の妖怪の話ですかね?」
北川は少しバカにした雰囲気を漂わせて私に聞き返す。
「そうです。長山さんは、彼女を探しに出たようなので。」
少しムッとなりながら私が答える。と、北川はヤレヤレと言う代わりに深いため息をつく。
「そうですか…長山さん、まだ、諦めていないのでしょうね。」
「どう言う事ですか?」
「雅苗さんの事です。あの辺りは7年ごとに池が現れると言われてましてね。
その池の水神様がさみしがり屋で、人を見るとさらって行くと言われているのです。」
北川は少し寂しそうに笑い、言葉を続ける。
「長山さん、7年前にも池を探しまわっていたようなのですよ。」
北川の言葉に私は一瞬、切ない気持ちになる。が、思い返した。
長山が探しにいったのは、雅苗ではなく、草柳 レイなのだ。