29話精霊とんぼ
食事を終え、私は一人、雅苗の書斎にいた。
白昼夢なんて初めて見た。
それはとてもリアルで美しい女性の幻覚だった。
ボケた私の話を聞きながら、
「それは池の妖怪かも知れませんよ。」
と、秋吉はからかう。
馬鹿馬鹿しいが、確かに、白昼夢の核として妖怪話があったものだと思う。
草柳レイ。
この名前も、知らないと私が思っているだけで、7年前にワイドショーで聞いていた可能性がある。
ふと、朝の夢を思い出した。怪しいネットの都市伝説も。
私はスマホを取り出した。
あの池の伝説について知りたくなったのだ。
それは簡単に検索できたが、役場の観光局の短い説明程度だ。
あの池は明治の終わりから大正にかけて作られた人造池で、どうも、妖怪伝説の池とは違うものらしかった。
妖怪が出没していたのは江戸時代の話で、明治の排仏棄釈の際に祠が潰されるまでだったようだ。
大正に入ってから、何故、少年、尊徳先生が調べていたのかは分からない。
仕方ない。
私はスマホをしまう。
そして、自然と本棚に目が行く。
本棚に、何か、それらしい資料がないか調べてみた。
どちらにしても整理は頼まれているし、スカラベを探すと言う、難題も抱えている。
埋め込み式の本棚には大小、300冊はあるだろうか?
古い少女漫画から、年代物の生物学の本まである。
私は下の棚にある小学生向けの教育本を手にする。
このての本は保護者が買うものだから、学びに対しての保護者の気持ちがあらわれる。
もしも、尊徳先生が、孫を慈しんで本を買い与えたとしたら、何か、ヒントが隠れているかもしれない。
私は文学から科学まで統一された本の隊列をじっと見つめた。
やはり、血筋なのか、理科、生物学の本が読まれて痛んでいる。
それを手にする。
小学生用の昆虫の説明やレイアウトに、子供の頃を思い出してワクワクする。
やはり、クワガタ、カブトムシが中表紙を飾るが、ヘラクレスオオカブトと言うところが時代を感じる。
私の時代は、オオクワガタで、結構、凄いと感じたが、バブル時代の子供の雅苗は舶来ものの虫が多い。
大きくて、派手な海外の虫を見ながら、人間も昆虫も、派手で大きな海外勢に人気があるのを思い知らされて苦笑する。
ゲンゴロウにしても、ザリガニにしても、外来種の方がでかくて、派手で在来種の居場所を奪って行った。
最近では、地味な在来種も本にのせてくれているようだが、この時代の本は、バブリーな感じで派手な外国の虫が目立つ。
が、よく開いた感じのページにオニヤンマを見つけると、なんだか『やった』とか、訳のわからない嬉しさが込み上げる。
そして、ウスバキトンボなんて地味なトンボのページにしおりが入っているのを見ると、なんだか、ジーンとしてくるのだ。
ウスバキトンボは、よく『赤トンボ』と混同されるが分類上では別物だ。
寒さに弱く、とても脆い体をしているが、飛行距離は長く、海外から日本へとやって来て北上する。
盆の辺りで個体数を増やすので、ご祖様の使いとして大切にされ、『精霊とんぼ』などとも呼ばれている
まあ、成虫は蚊を幼虫はボウフラを餌にしているので、蚊を媒介とした感染症の危機が増える現在、確かに、ありがたい存在ではある。
などと、納得しながらページを見ていると、シャープペンシルで少女の雅苗がメモしただろう文字に釘付けになる。
おじいちゃまの虫
ああ……。確かに、ウスバキトンボは、中国や東南アジアから飛んでくるのだ。
南の地の土となった尊徳先生の虫とも言えるのかもしれない。
雅苗のつたない文字に、尊徳先生を愛していた北宮家の人達の心を見た気がした。
少し感動し、それから、挟まれたしおりが、随分と新しい事に気がついて私はしおりを手にした。
それは、セントジョーンズワートの絵のついたしおりで、2011と年号と聖ヨハネの日を記念した文言がフランス語で書かれていた。
読んでくれてありがとう。
本当に、どこに結末が行くのか、私も分からなくなって来ますが、随分、後の話に接続されて来ました。
ここの改変で、池上が他の人物と連絡を取りたがって悩みました。
ゲームなら、とんでも展開に突入するところでしょうか。
七転八倒の小説ですが、探してくれる人もいるようなので、頑張ります。