23話シルク
「ホットコーヒーです。北川さんが豆から挽いていれてくれたやつですよ。」
秋吉は水筒のコーヒーを紙コップに注いで私にくれた。
「ありがとう。」
私は、それを貰った。
コーヒーについては、よく分からないが、とても甘い香りがして、上質なものであるとわかる。
私は、東屋の屋根の向こうに広がる夏の青空をみた。
澄んだコバルトブルーの空に浮かぶ白い雲。
その下には、ブナやくぬぎの雑木林が広がる。
「池上さん、知ってますか?この辺りには、大正時代に様々な場所から採取してきた植物が植えてある事を。」
「どういうこと?」
「北宮家は、江戸時代、御殿医で、明治になってから軍医になりました。」
秋吉は少し芝居がかった言い方で私を見る。
「ああ。」
私は、話の腰をおらないように短めの相槌をうつ。
「そして、第一次世界大戦が終わった1920年頃から、政府の上層部の要請で、ある研究に携わることになるのです。」
秋吉の心地のよい低い声に、つい、話に引き込まれた。私は無言で秋吉を見つめ、話の続きを期待する。
秋吉は、私の顔を見て、満足そうな笑顔を浮かべながら話を続けた。
「絹に次ぐ輸出素材の調査です。」
秋吉の台詞に私は、驚いた。
「秋吉…それって。」
それは、彼がこれから演じる深夜アニメ『シルク』の主人公修二郎の役回りと似ていたからだ。
「そうです。『シルク』の設定に似ていますよね?
でも、輸出製品と言うのは表向きで、軍の研究のようでしたが。」
秋吉は私の表情に何かの答えを探るように見つめる。
「軍事研究……。随分ときな臭い話だね。」
私は胸に重苦しいものが、しこりのように冷たくのし掛かるのを感じた。
農薬や殺虫剤として開発された科学薬品が軍事転用された事を思い出したからだ。
「きな臭い…そうですね…。調べるとこの頃、ボディアーマーの改良に各国が力をいれていたようなのです。」
「ボディアーマー…」
私は小さくぼやき、生物兵器の話題でないことにほっとした。
「そうです。19世紀から、銃の発達に伴って防弾チョッキが開発され、素材として最上とされたのが『絹』です。でも、絹は高い……、だから、もっと廉価で大量生産が可能な素材が必要になってきたようなのです。そこで、この屋敷の雑木林でも各地から採集した様々な昆虫を放し飼いにしたようです。」
秋吉は少しよそゆきの張りのある声でそう説明した。