185話 sleep
特別な恐怖は無かった。
レイの指が冷たくて気持ちいいと感じたくらいだった。
私は目を閉じる。
尊徳先生の虫葬を羨ましいとは言ったものの、目玉を食われるのはいただけない。
それに…とても眠かった。
体が、木の葉でも積もったように少しずつ重く感じる。
終わりは近いと感じた。
レイの声がする。
「なんとか、間に合いそうですわ。
長かったけれど…報われた気持ちですわ。
何しろ…世界中から針を集める作業でしたから。」
レイの言葉に、彼女のこれまでが、見えるようだった。
彼女は、世界を巡り、そして、必要な情報をもつ仲間を探していた。
彼女は次世代生物のデザイナーなのだ。
ウイルスは、食物連鎖を回りながら、繁殖の宿主へと旅をする。
その旅のなかで、たくさんの遺伝情報をやり取りする。
そして…その情報を統括するのが、草柳レイ。
突っ込みを入れる気力も、私には既に無かった。
ただ、彼女がイシスであると、誰かが言うのを納得しながら聞いていた。
もとは同じ菌類でも、環境によって、異なる遺伝情報を手にしている。
その中から、必要な情報を検索、抽出、再構築…
これらが上手く出来なければ、新しい環境に適応できない。
イシスが、オシリスのバラバラの死体を集め、組み立てたように、
草柳レイもまた、私を再構築しようとしていた。
私が選ばれたのは…東の果ての、4枚のプレートがひしめき合う、日本列島で生息し、虫などの情報を素直に出し入れできる…それが主な理由のようだった。
しかし…そんなものは、今はどうでもいい。
ただ、眠い……眠いのだ。
私は、意識の深海へとたどり着き、その深い闇のなかで考えるのをやめた……
肌寒いくらいの快楽が、深い眠りを誘う。
多分、ここで眠ってしまったら……文字通り永眠するのだろう。
70億から選ばれた…なんて言われても、
私一人が選ばれたわけではないのだろう。
海外の高額宝くじのように、開けてみたら、一万人の当選者がいる。
なんて、オチなんだ。
だから…もう…眠らせてくれ。