184話クシュ
ウエストナイルウイルス…
こんな大物を…なぜ忘れていられたんだろう…
私は冷や汗をかきながら恐怖した。
が、落ち着いて考えれば、忙しかったのだ。
時は20世紀末……
確かに第三次世界大戦はなかったが、コンピューターの2000年問題とか、
友人の恋愛…この年、結婚したがる女が多くて、結婚式の色々で友人や後輩が彼女と揉めては相談…と、言う名の飲み会があり、
大変だった…
まあ、ウイルスナイルウイルスにしろ、デング熱にしろ、我々は、ウイルスの前に、蚊の生息についての方に気が向いていた…と、言うのもある。
あの頃…今ほどではないが、それでも、温暖化は深刻な問題だった。
西ナイルウイルス…
1937年にウガンダのウエストナイル地方で発見された。
潜伏期間は約2週間。
発病すれば、発熱や食欲不振、頭痛や筋肉痛に見まわれる。
風邪と症状は近くみえるが、日本脳炎と同じフラビウイルスだ。
重篤化すれは、髄膜炎、脳炎など命に関わる恐ろしい病気だ。
「1937年…本当に記念すべき年だったわ…。
私達は発見され、そうして、仲間を探す移動手段を手にしたんだもの。
長い旅が終わりに近いのが分かったわ。」
レイの言葉がBGMのように遠くに感じた。
太田務と行動を共にしていた、誰かの記憶がフラッシュバックする……
彼らは、日本人のルーツを探していた。
民族のルーツの探求は、広がりを見せていた。
いつの間にか、彼らの横にはドイツ人が同行していた。
彼らは、アーリア人を探していた。
どこかのパーティで、一人の男が注目されていた。
「彼が今を時めくドイツ警察長官の寵愛を手にしたラーン氏だよ。
彼の本は、なかなか興味深い。君も一度、読んでみると良い。
ドイツ語は…得意だったね?」
太田が『私』に声をかける。
ラーン氏
フルネームはオット・ラーン。
1937年聖杯とカタリ派と言う中世に南仏を拠点に活動した人々について、本を出していた。
『私』の記憶によると、ラーンは南仏に聖杯があると信じていた。
それに対して、『私』は、エジプトが気になっているようだった…
ウエストナイル…
ナイル川を南に下り、ヌビアの辺りで、1920年頃にアメリカの考古学者レイズナーが学術的な発見をした遺跡がある。
クシュ王国…古代エジプトに影響を受けた文明で…後にエジプト王を輩出するまでになる。
クシュは、初めトトメス一世の統治下にあり、金の産出地であった。
その金は、エジプトを潤し…ファラオの墓を飾ることになる…
そう…ツタンカーメンの金のマスクにも…
軽いめまいがした。
レイが耳元で囁く…
古代、クシュはアメン神の聖地と定められた…と。
アメン神は豊穣の神であり、大気の神…
それは…牡羊の姿をしていたと伝えられる……
アメン神は冥界を牡羊の姿ですごし、
日の出と共に姿をかえる…
春分点に太陽と共に登る白羊宮が見えた。
夜の……地獄をめくる太陽神…
それは、黄金の姿をしていた………
意識の遠い場所で、誰かが西条八十の『トミノの地獄』を謡っていた……
トミノの地獄巡りを共にする羊を…そこに見た気がした。
風が…西ナイルから世界に流れる……
1916年〜1919年。
レイズナーがクシュを調査した時期と、吉江喬松の欧州の留学時期が不気味に重なって見えた。