181話ニュータイプ
草柳レイを私は、呆然と見つめていた。
彼女は私を欲していた。
エロ方面ではなく、ホラー系の欲情したレイの瞳に、射すくめられる。
が、短時間で何度も命の危険を経験したせいか、あまり怖くは感じなかった。
寧ろ、熊などの獣に襲われるのと違い、ナチュラルな麻薬で麻痺できる分、幾分かましな気さえする。
まあ、この考えすら…
本当に自分の考えなのかも怪しいのだが。
「安心してください。痛くはありませんから。」
そんな私の様子を悟ったように、レイが話しかけてくる。
「記録を…撮らせてはもらえますか?」
私は、スマホを取り出しながら北城を思った。
北城なら、私の最期を後の人類の為に生かしてくれるに違いない。
「構わないけど…派手な事はおこらないわ。」
レイが近づく。
「記録なんて、とっている場合じゃありません。池上先生!」
頭の中で雅苗に説教される。
こんな時、どうやって妄想とコミュニケーションをとれば良いのだろうか?
「我々には不必要でも…後世の人物には貴重な資料です。
また、7年が巡るのですから。」
私は、レイと雅苗、どちらの答えにもなるように言った。
それを聞いて、レイが楽しそうに笑った。
「ふふっ。先生…次はありません。
だって…来年はヨベルの年ですもの。」
レイは、解放感に浸るように両手を広げる…
ヨベル…
50年を基準に、ひとつのサイクルが終わる。
普通は、聖書に書かれる宗教的な言葉だが、
彼女の言葉に、私は、もっと古い意味合いの言葉に思えた。
50年…日本では、弔いあけと言われ、少し前までは、著作権が切れる目安にもなっている。
ふと、西条八十を思い出した。
「50年のサイクルの終わりが来る…と、言うことでしょうか?」
1970年…万博の日本にやって来た海外の学者から貰ったと言う、巨大なスカラベのミイラを思い出す。
が、レイは、不敵な笑みを唇にのせて、軽く頭を横にふった。
「いいえ…。そんな小さなものではありませんわ。
来年、2020年3月20日。春分に新世紀が…宝瓶宮時代の到来です。
今年…全ての情報が集まるのです。
遺伝情報のビックデータが、この花の元に集まるのです。」
レイが叫ぶと、温室のガラスの壁に虫が集まり始める。
「あ、アクエリアン…エイジ……」
それは、気恥ずかしくも懐かしい記憶を思い出させた。
地軸が斜めにずれているために、地球の極は、2万年をかけて、ゆっくりと回転しているのだ。
これを年差運動と言うのだが、この為に、春分点も動き続けている。
古代人は、時計の文字盤のように、12星座で、極の位置を表現した。
それは約2000年の周期で12星座を一つづつ動くわけだが、丁度、紀元の分岐が魚座に辺り、そこから、2000年後の現在、水瓶座に移動すると言われていた。
1980年代、アクエリアンエイジと言う言葉と、新人類と言う言葉が流行る。
人類は、アクエリアンエイジで進化をすると言われていた。
その進化した人類を…『ニュータイプ』などと、漫画チックに話しては、根拠のない期待にワクワクした学生時代を思い出した。
今風で言うなら…中二病の黒歴史のほろ苦い思い出を、
50代の現在、娘ほど、年の離れた娘に焚き付けられるのは…結構な衝撃だった。
が、私は、それを圧して、言ってやった。
「アクエリアンエイジは、新世紀に既になっているはずじゃ、ないですか?」と。
すると、レイと妄想の雅苗にまで突っ込みを入れられる。
どうも…春分点については、諸説あるらしい。
そして、来年、2020年3月20日、春分の日は、2012年のマヤ歴の本チャンの終わりにあたるらしかった。
2015年にも、滅亡するとか言われた記憶が、レイの言葉を素直に受け入れずにしこりのように私の気持ちをモヤモヤさせた。