180話蝉
「そう…蝉ですわ。」
頭の中の雅苗が私に語りかける。
さっきまでの、妄想の男の手記を7年前、雅苗は屋敷で見つけていた。
太田務と尊行には、接点があった。
それは、文学と日本人のルーツを探る秘密クラブのようなものだった。
避暑地でもある、この屋敷には夏に学者や知識人が集まって、色々な議論を飛ばしていた。
それらは、同人誌としてまとめられ、この屋敷に保存されていた。
ミイラと昆虫についての論文で、あの男は一度、同人誌の表紙を飾っていた。
2012年、失意の雅苗が目にしたシケイダ3301の画像が、その表紙を思い出させたのだ。
羽を広げて飛び立つ蝉…
それは、偶然なのか、何者かの思惑なのかはわからない。
しかし、私には、2018年、昨年辺りから、また、エジプトで新しいミイラの発見があった事がそら寒く感じていた。
ミイラが、未知のウイルスのタイムカプセルだとしたら…
それは、発掘からまた、人を呼び込むことになるのだろう。
19世紀、イギリスでは、発掘されたミイラは燃料として燃やされたりもしたようだ。
つまり、飛沫や粉塵、燃えかすとして、3000年昔のウイルスが拡散した可能性もあるわけだ。
19世紀…それは、人の移動距離が爆発的に伸び、物資も大量に移動した年なのだ。
それは、新たな資源をもたらすものであり、
未知の感染症を撒き散らす行為でもあった。
この時代、コロリと呼ばれ、恐れられたコレラが流行し、日本でも沢山の人間が亡くなった。
「変化のスイッチは、環境に委ねられているわ。
砂漠バッタが、急に遠征を始めるように、
私達も、それに従うだけ。
昔、私達が眠りに落ちる前にも、暑い火が続いたわ。
草や木や虫が消えて、町が海に沈んだわ。
生き延びるためには…カスタマイズが必要になったのよ。
だから、私達は必要な遺伝情報を持つ仲間を探さなきゃいけなくなったのよ。」
草柳レイは、そう言って私に微笑みかけた。
私は、その笑顔に…近代に続く人類の文明の進化が、彼らの欲望によるものではないかと、そんな漫画チックな恐怖に背筋を凍らせていた。




