177話幻想
「仕方ありませんわね…やはり、先生には体に伝えた方がよろしいかしら?」
レイの細い腕が私に向かってくる。
彼女が動くと、なんとも言えない懐かしい…痺れを誘う香りがした。
「か・ら・だ…」
ムフフな期待と不安が口から漏れだした。
レイの腕が私の首筋にかかろうとしていた…
が、それを私の右手がレイの手首を的確に捉えて阻止をする。
はぁΣ( ̄□ ̄)!
驚いた。と、同時に不機嫌そうなレイの顔に「違うんだ」のメッセージを顔で表現する。
いや、私は、そんな気持ちはない、右手が勝手に…
と、いう台詞はラッキースケベの後の言葉じゃなかったのか!?
私は、なぜ、彼女を拒否るんだ?
混乱する私の口を使って、若葉雅苗の霊魂(仮)が啖呵を切った
「エメラルドセナガアナバチの様にあざとい女ねっ。」
エメラルドセナガアナバチ…
セナガアナバチは、日本にも生息しているが、彼女の体躯は、その名のごとく美しく輝く緑色をしている。
エメラルドセナガアナバチは、熱帯アジアに生息し、その針でゴキブリを刺して産卵する…
彼女に二回刺されたゴキブリは、死なないが、逃げることもしない…「ゾンビゴキブリ」として、エメラルドセナガアナバチの巣穴につれて行かれる。
穴についたゴキブリに産卵し、エメラルドセナガアナバチの体の中で幼虫が発育して行くのだ……
って、それでは、私は、捕まりそうなワモンゴキブリと、言うことか!
なんとも割りきれない気持ちにはなったが、体を支配された私は、なすすべもなく、雅苗の思うままに操られる。
「あら、あなたも、いらしたの?」
レイは、冷たい視線で睨んでくる。
私の中の雅苗は、不適な顔を作り、折れるんじゃないかとこっちが心配になるくらい、レイを掴んだ手を握りしめる。
「勿論だわ。このまま、あなたの好きにはさせないわ。」
私は、雅苗の言葉の意味を理解できずに聞いていた。
レイは、目を細めてがっかりしたように雅苗を見つめる。
「腕を話してくださらない?これでは話し合いになりませんもの。」
レイの提案をのむように、雅苗が注意深くレイを投げるように距離をとりながら離れた。
ここで、なぜ、雅苗がエメラルドセナガアナバチに草柳レイを例えたのかを理解した。
刺そうとしたのだ…
エメラルドセナガアナバチは、神経毒を規制主に刺して行動を操る。
一度目は、胸部神経節に
そして、動きの鈍った相手の首筋を…
反射神経を正確に狙ってゾンビ化するのだ。
雅苗が止めてくれなければ…今ごろは私も哀れなゾンビと化して意識を失っていたかもしれない。
こう考えると…
甘い言葉に騙されて、一度で首をとられそうになる人間の男なぞ、虫けらよりも愚かな存在なのかもしれない。
「私に歯向かっても…共倒れになるだけだわ。
人類はレボリューションを必要としているのよ。」
レボリューション……
英語で言われると、RPG創世期を経験している私は、妙なときめきを感じてしまう。
レイは、投げられてよろけた体制をたて直しながら言った。
「あなたの思うような進化など…地獄の巣穴に自ら入り込むようなものよ。」
雅苗も負けていない。
進化…、どうも、わたしが聞き間違えたのだろう。
しかし、進化…とは、どういうことなのだろうか?
「あら、私は、寄生バチではありませんわ。
私は、ただの寄生体ですもの。
遠い昔、流れ落ちたその日から。」
草柳レイの言葉に、古代エジプトの物語が流れて行く…
巨大な火球が砂漠に落ち、
ファラオが探索を命じ、
砂漠の民がひとつのいびつな丸形の隕石を「神の贈り物」として王に献上した。
それは太陽神の神殿に奉られる。
やがて、供物に隠れていた小さな虫がその石の穴に卵を産み付け
幼虫に宇宙からやって来たウイルスが寄生する。
羽化した虫を神官が見つける。
やがて、虫はケプリと同化し、石は神格化しながら、やってくる虫や、小動物をめぐり、やがて、人への感染するようになる。
不適合者は発病し、死んでしまうが、
適合した神官は、神に選ばれた人物として信仰の対象となってゆく。
長く、目まぐるしい増殖と感染のなかで、彼らは、ニューモデルの宿主をデザインし、パズルのように組み合わせて行く。
情報を分化したウイルスが、生き残りのためにバラバラになった遺伝情報を水平伝播で組み上げて行くのだ。