176話 記憶
はっ…(°∇°;)
気がつくと、私は温室にいた。
体が汗でじっとりと濡れていた。
辺りは暗く、カメラの横の赤いランプが一際、明るく感じる。
爆上げしたらしい心拍数が、静かに下がって行くのを感じた。
目が闇に慣れるのを待って灯りをつけにドアへと向かう。
「もう…灯りは必要ないでしょ?」
背後から草柳レイの声がした。
背中を剣山で差し抜かれるような恐怖に見舞われながら振り向いた。
月の光の中でショクダイオオコンニャクの花がそそりたっていた。
その横に立っていた草柳レイが、こちらへと歩いてくる。
北川の姿は無かった。
が、驚きはしなかった。
温室は静かで、汚れてもいない。
私は、昼からずっと寝ていたのではないか、と、自分を疑っていた。
が、開花した花を前に、長山が何もしていないのも不自然な気がした。
「北川さんは、どこにいるのですか?」
私は、恐怖に心拍数を上げながら叫んだ。
レイは、月明かりを背負い、逆光の中、不敵に笑っているように見えた。
「居ますわ…。」
次の瞬間、レイが私の耳元で囁く。
「貴方は、アルカディアにたどり着いたのですもの。」
「アルカディア…。」
そう呟きながら、北城の“お前はもう死んでいる”という言葉を思い出していた。
「落ち着いて、思い出せば良いのですわ。
すべては、あなたの脳の中にあるのです。」
レイの言葉に混乱した。
が、それと同時に、確かに、覚えがあるような気もした。
頭の中を沢山の記憶の断面が浮かんでは消えてゆく。
そこには、薬物と脳に関する20世紀後半の実験についてもあった。
1970年代…アメリカは薬物が蔓延し、脳や心理学について、様々な研究がなされていた。
不思議なことに、それらの実験や文化には、エジプトの神々が登場する。
確かに、オカルトが流行っていた。
子供の頃、厚紙で作ったピラミッドを被って、そのパワーについても実験したことがある。
残念ながら、実験は失敗した。
私は、頭が良くはならなかったし、北枕でピラミッドを頭に乗せた私を深夜に目撃した母に、こっぴどくしかられた。
「透也、そんな、へんなもので頭が良くなるわけないでしょ。全く、科学の時代なんだからっ、少しは考えて行動しなさいっ。」
真顔で母に叱られた。
真夜中の薄暗い電球の灯りを浴びて、目を見開いて叫ぶ母は、まるで、心霊スペシャルの霊と戦う霊能者を思い出させて怖かった。
「全く、北枕なんて!死人じゃないんだからっ、演技がわるいねっ!」
母は、科学と言ったその後に、北枕の迷信で恐怖を煽っていた。
今、冷静に考えると、なんとも理不尽な気がする。
あれ?私は、何を考えていたんだろう?
ボンヤリと前を見ると、草柳レイが呆れ顔で私を見ていた。
「さすが、池上先生は一筋縄ではいきませんね。」
レイの言葉の意味を、私は、理解できずに混乱した。