152話噴霧
夏の土ぼこりを含んだ風が、甘く鼻先をくすぐる。
私は、シャーマンにでもなった気分で、ゆっくりと歩みを進めた。
人類は滅亡しても…新人類が現れると言う、80年代カルチャーを思い出しながら。
「既に、仲間の中で、マイクロプラスチックの攻略に成功した蟲が現れましたの。
もうすぐ…より、軽く丈夫な体を手にする昆虫が、現れますわ。」
レイは、ウットリと月を見る。
「ハチノスツヅリガですか?」
私は、スペインのカンタブリア大学のベルトチーニ先生の小さな発見を思い出していた。
蜜蜂の巣に寄生する彼らは、ビニールも食べることがわかったのだ。
「他にも…海に山に…見えない世界で、進化は始まっているのです。」
レイは、そう言って目を細めた。
腐敗しないプラスチックを糧に生存できるなら、人類が滅亡しても…森の再生まで、彼らは、繁栄するかもしれない。
「私達は…消えて行く運命なのですね。」
私は、終わり行く自分の人生と人類を憂う。
が、レイは、楽しそうにそれを否定した。
「いいえ…新しい環境に対応するのです。
新たな共生の時代がやって来るのです。」
レイの言葉が、終焉を含んだ新しい未来に輝くのを感じる。
「さあ、一緒に逝きましょう……永遠に死のない世界に…。」
レイのしなやかな手が、私の両手をとる。
本当に…終わりなんだな。
レイの瞳に自分の魂の最期の光を見た気がした。
「はい。」
私は覚悟を決めた。
深い林の闇の中から、甘い水の香りが漂ってくる。
林の入り口で、若葉溶生が私を待っていた。
私は、闇に足を踏み入れようとする溶生の後を続いて行く…いや、行こうとした。
その瞬間、すごい勢いで、何かを噴霧された。
それは、激しい頭痛を引き起こし、しばらくして、私を正気に戻してくれた。
あの…カラフルな世界は消えていた。
若葉溶生は消え、代わりに長山が私の前に立っている……
訳がわからなくなる。
混乱する私の背後から男の声がした。
「池の妖怪に騙されては行けませんよ。池上さん…。」
振り向いた私の前には…北城…が、変装して立っていた。