147話弔いあけ
月を見た。
心を狂わすような、赤黒い月だった。
私は、死に向かって踊りながらも、どこかで冷静な自分を感じていた。
この林、そして、池を…かつて、尊敬する尊徳先生も歩いたのだ。
父親の尊行さんと共に…
雅苗の子供の頃の図鑑のウスバキトンボのページのいたずら書きを思い出していた。
おじいちゃまの虫
今、考えると、あの『おじいちゃま』とは、尊徳先生ではなく、曾祖父の尊行さんの方だったのかもしれない。
何しろ、幻の池で、竜…つまり、トンボを見たのだから。
あれ?
私は、この時、小さな違和感を感じた。
尊行さんは、滑落事故で亡くなったのだ。
雅苗の父親の雅徳さんと同じく…。
私が、あの二人と同じものに寄生されたなら、滑落事故で亡くなる事にはならないだろうか?
なぜ、私は、池へと惹かれて行くのだろう?
私は、何に影響を受けているのだろうか?
そう考え付くと、急に、落ち着いてきた。
今日1日の目まぐるしい出来事が頭を回る。
周期ゼミ
シケイダ3301
ノストラダムス
謎の池…そして、無くなった祠…
日本の昔話と西洋の昔話がまぜこぜになる…
その混乱の先に私は、西条八十を…トミノの地獄を思い出す。
無限地獄への堕ちる気持ちになる。
ふと、八十の『砂金』につけられた、ブックカバーを思い出した。
羽を広げたセミの絵を思い出した。
セミは、羽を閉じられた姿で描かれることが多い。
と、言うより、進化の過程で、昆虫は羽を閉じられるように変化した。
ただ、カゲロウとトンボは、不思議な事に、その様に進化をしなかった。
ふと、東南アジアから風に乗るウスバキトンボの姿を思い浮かべた。
彼らは、遠くに飛ぶのに特化した体を持ち合わせている。
不思議な事に、寒さに弱いのに、なぜか、暖かい東南アジアや中国大陸から北上して日本へとやって来るのだ。
幼虫もまた、寒さに弱い。
それなのに、日本を目指してやってくるのか…
それは、いまでも謎なのだ。
風に乗って…世界を回る。
ふと、雅徳さんのウイルス・ガイア理論を思い浮かべた。
ヒメコバチに寄生された青虫のように…彼らもまた、未知のウイルスによって、行動を操作されているのだろうか?
ぼんやりと、そんな事を考えていると、先頭を歩いていた溶生が立ち止まった。
池の入り口についたのだ。
若葉溶生は、1度、立ち止まり、幻の池を潜ませる雑木林の闇に向かって、低く通る声でこう言った。
終わりの7がめくり来る。
そして、大恩赦の時が来る。
なんの事だか分からなかった。
しかし、しばらく話を聞いていると、どうも、弔いあけのような事らしかった。
亡くなった人の個人的な法事の終わりが50年であり、日本では、最近までは、著作権が切れるとされる期間でもある。
西条八十の死から、今年は49年が経過していた。
来年、2020年が、弔いあけになるようだった。




