146話 月
話しかけられたが、私はそのまま踊っていた。
気持ちが高揚するのが分かる。
月明かりの茂みや林から、池へと誘われる羽虫の流れを感じる。
私を含めて、溶生から醸し出される『何か』に誘われているのだと感じる。
我々は、笛吹男の吹く笛の音に踊らされるネズミの様に、死を予感してもまた、それを止めることをしないのだ。
心地よかった。
私は、踊りながら、レイに話しかけた。
「草柳レイさんですね?」
私は、少し不安になりながらそう聞いた。
月明かりに輝くレイは、この世のものとは思えなかったが、こんにゃくの精霊に惑わされたりしていたので、少し用心深くなる。
「はい。」
レイは、嬉しそうに返事を返してくれた。
その笑顔をみて、中学男子のように浮かれる自分に驚いた。
「月が綺麗ですね。」
思わず口から言葉が、こぼれた。
「ええ…とても美しいですわ。けれど…」
と、レイは、1度は悲しそうに言葉を区切る。
「どうかしましたか?」
私が聞くと、レイは、寂しそうに私を見た。
「もう…アナタにも感じる事が出来るでしょ?
空気が…違うことに。」
レイの悲しそうな言葉に、胸が締め付けられた。
溶生に操られるように池へと向かいはじめてから、確かに、感覚が鋭くなった気がする。
月明かりで揺れる大気に、子供の頃の空気とは違う、息苦しさを感じる。
「二酸化炭素…ですか?」
私は、近年、深刻化をしている地球温暖化の原因を体で感じていた。
「他にも…様々なものが、大気に混ざっていますわ。森が…燃えている…。
後戻りが出来ないほどに…。池上さん、あなたは、幸福者ですわ。」
レイにそう言われて、私は踊るのをやめた。混乱したのだ。
意味がよくわからない。
「森が燃えると、私が、幸福者になるの?」
私の質問に、レイも踊るのをやめて、悲しそうな笑顔を向ける。
「いいえ…大きな森がなくなったから、あなたが選ばれたのです。」
レイは、私に寄り添うように歩きながら、こう、言葉を続けた。
「人類は…進化をしなくてはいけません。」
え?(@_@)
私は、少しだけ正気を取り戻す。
進化とか、選ばれるって…なんの話だろう?
「どういう事ですか?」
私は何か、気の焦りを感じながら聞いた。
「急激な気候変動に絶滅の危機にある生物が、生き残りをかけて進化を始めようとしているのですわ。」
レイは、悲しそうに月を見る。
「今なら、あなたにも見えるのではありませんか?焼けた森の悲鳴を…。」
レイに言われて月を見た。
ほんのりと、月が血の色に見える。
月蝕などで、月が赤黒くなったような、そんな感じだった。
ふと、朝方のネットニュースを思い出す。
アマゾンの火事が深刻になっている…そんな内容だった。




