144話 退室
池の平の幻の池…
なぜか、ほぼ、7年おきに現れると言われる謎の湧き水現象である。
ここで、私は7年に二重の意味を見た。
そう、7年は、ショクダイオオコンニャクの開花の周期とは別の意味も含まれていたのだ。
ここにも、それに似た現象がおこるのだろう。
私は、午後に見た、あの湧き水の池を思い出した。
あれも、池の平と同じような現象だとしたら、尊行さんは何かをつかんだのかもしれない。
「私は、池に行きますが、池上さんはどうしますか?」
溶生に声をかけられ、はっとする。
「でも…池は危険です。何がいるのかわかりません。」
私は溶生を止めた。が、溶生は私の言葉を渋味のあるかっこいい声で拒絶した。
「あの人が…呼んでいるんだよ。7年も待ったんだ。もう…待てないよ。」
それは、まるで、映画を見ているような、輝いた台詞だった。
私は、ドアの向こうで闇をまとう溶生を見ようと目を凝らした。
「君は…来ないのかい?」
(///ロ///)………。
それは、今まで見てきたどんな映画やDVDの役者より甘く、切なく私の心を揺さぶる台詞だった。
私は、『かーっ、惚れるよ』と言う、時代劇の脇役の台詞を本当の意味で理解した気がした。
「私は…」
心臓がドキドキした。
とてもついて行きたいと思う自分に戸惑った。
ふと、好きだったトレンディドラマの主題歌が頭に流れる。
不倫の果てに別れを選ぶ女優の台詞を思い出した。
「でも…私には仕事があるから。」
気がついたら、口をついて出た。
(///∇///)…
溶生は、私を見つめついるのが、闇のなかでも分かる気がする。
恥ずかしい…なんで、女優の台詞なんて思い出したんだろう?
が、溶生はそんな、怪しげな私の心に気づく事無くこう言った。
「撮影は…ずいぶん前に終わったよ。」
「いえ、温室の虫の駆除です。」
私は酔いから覚めるようにサッパリとそう答えた。
そう、こんな事をしてはいられない。
さっきの雅苗さんのアドバイスが本当であったとしても、何が言いたいのか分からなかったし、この部屋でボヤボヤしていても、状況は悪くなるばかりだ。
「それなら…私が、何とか出来ると思うよ。」
溶生の言葉が、甘く響いた。
「どういう事ですか?」
不安げな私の質問に、溶生は階段に足をかけながら、こう、答えた。
「彼女が…やり方を教えてくれたからね。ついてきたまえ。」
(゜_゜;)
一瞬、思考が停止した。
別に溶生さんを疑ったわけではない。
ついてきたまえ。
なんて、昔のドラマの台詞を自分が、かけられるなんて思わなかったからだ。
私の動揺を知ることの無い溶生は、静かに階段を上って行く。
私は、胸ポケットに手をあてて、北宮尊行氏の手帳の厚みを確認し部屋を出る。