143話池の妖怪
死にそうになる私と真逆に溶生は私に気がつくと、安心したように立ち上がる。
「君は…見たんだね?」
若葉溶生は、憂いのある綺麗な声でそう聞いた。
「えっ…(°∇°;)」
見られてしまったの間違いじゃ…
私はパニクっていた。
ライトを床に向け、ぼんやりとした世界の中で、私は自分の心臓の音を聞いていた。
「雅苗を…見たのだろ?」
「え…あの…。どういうことでしょうか?」
私は、後ろに一歩下がり、軽くペンライトで辺りを照らした。
あれは…私の幻覚だ。
溶生の言葉の意味が理解できなかった。
「隠さなくても良いんだ。私も、彼女を感じた。」
溶生の声が、甘さを含んで部屋に充満する。
「百物語が成功したんだ。だから、彼女の霊が屋敷に来たんだよ。」
やめてくれ。
私は、薄暗い闇の中で、嬉しそうに不気味な話をする溶生の声に恐怖を感じた。
とりあえず、明かりをつけよう。
ペンライトを壁に向け、スイッチを探す。
「さあ、教えてくれないか?彼女が何を伝えに来たか?」
壁に進む私に、溶生が近づく。
彼の右腕が体にあたり、彼は幻覚ではない事が理解できた。
「幻覚を見ました。彼女は…何か、北宮家の因縁について話していました。」
因縁…そんな言葉が飛び出た事に驚いた。まるで、本当に怪談のようだ。
「ここは暗い。とりあえず、外に出ないか?」
溶生の手が、私の腕にかかる。反射的にそれを払って部屋のスイッチを入れようとした。が、溶生にそれを止められる。
「ダメだよ…灯りは…良くないものを呼んでしまうから。」
溶生の声と次の静寂に、蛙の鳴き声が耳に戻るのを感じた。
雅苗の言葉を思い出す。 「ダメですよ。侵入されたら困りますから。」
雅苗は、それを池の妖怪だとそう言った。
「い、池の妖怪が来るから、ですか?」
私は、率直にこう聞いた。
夜行虫は、光や熱に反応し集まってくる。
気絶する前にはついていた灯りが消されていた…と、いう事は、雅苗がそれを心配して消したと言うことだろうか?
「ああ、あの竜神池の話だね。」
「竜神池?」
「ああ、この辺りで、昔からある伝説のようだよ。7年に一度、池が現れそうだ。」
溶生の話に、秋吉と昼に話した事を思い出した。
ロプノールの様に消える池………
7年に一度。
心臓がドキドキした。
ここで、ある伝説が頭をよぎる。
胸ポケットの尊行さんの手帳に手を当てた。
池の平……
静岡県の水窪町の幻の池…亀ノ甲山に現れるという幻の池…
あの付箋には意味があったのだ。
尊行さんは…何かをそこで見つけたのだ…。




