14話 ミイラ
「池上先生に探してほしいのは、これなのです。」
と、長山がタブレットの画像を見せる。
カブトムシ?
私は木の箱に入った甲虫らしきの画像を身を乗り出して見る。
それは随分風化して前羽の中央の合わせの部分が破損した、古い標本のようだった。
大きさは周りのものと比べると、7〜10センチくらいか、カブトムシを思い浮かべたが、どうも違う感じがする。
「スカラベ・サクレです。」
長山の言葉に私は驚いて顔をあげ長山は私の表情に嬉しそうな顔をした。
スカラベは、大きくても4センチ位だと思っていたので、10センチは有りそうな大きさに少し違和感を感じたのだ。
が、長山の表情を受けてもう一度画像を見て、合点がいった。
古そうな箱の横にエジプトの象形文字、ヒエログリフが描かれている。
「ああ、そうか、置物だね。」
私は納得した。それを見て、長山は益々楽しそうに含み笑いになる。
「いいえ、これ、本物なのですよ。」
長山は楽しそうに自慢する。
「本物……の、古代エジプトの置物、なのかい?」
しまった。
私は、ため口で話していたことに気がついて慌てた。
そう、私は虫の同好会にいるのではなく、仕事に来たのだ。
年下でも、彼は今日のリーダーなのだ。
が、長山も興奮しているらしくて、そんなことは気にもしていないようだった。
いや、逆に、私の知らないことを教える側になった事を喜ぶ子供のように目を輝かせて、こう説明してくれた。
「先生、それでは半分しか正解ではありません。
それは、本物の古代エジプトのスカラベのミイラなのです。」
「え、ええっ!これがっ。」
私は思わずタブレットを持ち上げる。
「これが、も、もしかして、去年発見されたスカラベのミイラ?」
私は興奮した。
2018年11月の事だ。
エジプトの共同墓地から手付かずの墓が発見された。
そして、そこには、猫などの動物のミイラと共に、スカラベのミイラが見つかったとロイターが報じた。
スカラベのミイラは珍しいもので、私の記憶が正しければ初めての発見だ。
古代エジプトのミイラなら、何か加工されていたとしてもおかしくはない。
例え、何かの昆虫を加工して作ったものだとしても、紀元前の昆虫の標本には違いない。
探せとは、これの事か?
私は胸を踊らせて、それから慌ててクールダウンする。
本物のスカラベのミイラをエジプト政府が簡単に国外に持ち出すことを許すはずはないし、
そんな凄いものが、個人の家にあるはずはないし、
まして、紛失したとなれば、警察が総出で探す案件だ。
私などの出番があるはずはない。
「いいえ、違います。」
やはりな。私は長山の言葉を聞いて苦笑した。
多分、雅苗の作ったカブトムシか何かの複製なのだろう。
「まあ、そうでしょうね。2018年、スカラベのミイラが発見されたニュースを思い出して、
私、ちょっと期待してしまいました。
そんな貴重な物を私が探すはずがありませんよね。」
私は良い歳をして虫にはしゃぐ自分を見られたことに恥ずかしくなって頭を掻いた。
が、長山は笑わなかった。
むしろ、さっきより熱のある瞳を私に向けて、真剣にこう言った。
「希少……と、言うなら、こちらの方が格が数段上かもしれません。
これは、1970年に日本へ持ち込まれたイシス宮殿で発掘された『イシスのスカラベのミイラ』なのです。」
私は、緊張で声が震える長山をテレビでも見るような客観的な視線で観察した。
1970年といえば、私の世代なら、三波春夫さんの『世界の国からこんにちは』の曲と共に、大阪万博を思い出すことだろう。
が、私の記憶が正しければ、エジプトが大阪万博に参加はしていないはずだ。
いや、その前に、50年近く昔にスカラベのミイラが発見されて、万博に持ち込まれていたならば、話題にならないはずはない。