135話 尊行
「蜜蜂が居なくなったら…人間も4年はもたない
あなたが失踪した2012年、アインシュタインの台詞として世の中を流れました。でも…彼はそんな言葉を発してない、とも言われていますね。
その真実はともかく、その年は大変でした。
蜜蜂が…消えてしまう事件がありましたから。」
私は、蜜蜂の標本を見つめて話のきっかけを作る。
雅苗も標本を見つめた。
「そうでしたわね。欧米でも、それは問題になりましたわ。」
「どうして…あなたは、居なくなったりしたのですか?」
私は、雅苗を不安にさせないように穏やかに質問した。
雅苗は私を見て、少し困ったような顔をする。
仕方がない。
7年も失踪していたのだ。彼女にも色々と事情があるに違いない。
「7年前…ここで起こった出来事を、上手く説明は出来ませんわ。
原因は…もっと昔にまで遡るのですから。」
雅苗は机の辺りを見つめる。近づいて来るのかと、私は、一歩、机から距離をおく。
「西条八十『砂金』ですか。」
私は、数時間前に机に置いてあった本について聞いてみる。
「あなたが…見つけてくださったのですね。」
雅苗は嬉しそうに微笑んだ。
「いえ、まだ、あの表紙の謎が解けていません。
あれは…あの表紙には、やはり、何か、メッセージが含まれていたのですか?」
私は、込み上げてきた謎や不満に我慢できずに声をあげる。
「ええ……これは、北宮4代の課題なのですわ。」
「北宮…4代?」
聞き返した。
雅苗を始めに、雅徳、尊徳、ここで3代と遡る、そして、次の代と言えば……尊徳先生の父親に当たる人なのだろうが、私も、そこまでは知らなかった。
「はい、曾祖父、尊行から始まる長い…物語です。」
雅苗は、記憶をたどるように目を軽く細めて、それから、私に微笑みかける。
「お座りください。話は長くなると思いますから。」
雅苗に言われて、私は、焦った。
人の家の家系について、のんびり聞いてる暇なんて、この状況であるのだろうか?
「いえ……私は、そろそろ、仕事もありますし…」
と、答えながら、本当に給料が貰えるのかが心配になる。いや、その前に、生きて帰れるかも怪しいが。
雅苗は、そわそわしだした私に気がついたのか、申し訳なさそうに微笑んだ。
「そう、でしたわね。でも…この話を聞いていただかないと、いえ、これも、仕事だと考えて下さってかまいません。」
と、雅苗に言われても、7年も失踪していたあなたは、私の雇用主ではない。
なんて、言い出せない、女主人の貫禄が、彼女の言葉ににじむ。
が、ひるんでばかりもいられない。
温室が…あっちもこっちも大変なのだから。
とりあえず、私は、近くにあった丸椅子に座りながら、雅苗に近づいた。
「すいません、温室で虫が大量発生しています。
説明は手短に、そして、7年前に、同じような事があったかをはなしてもらえませんか?」
私は、ここで自分がマスクと保護眼鏡をつけたままだと気がついた。
とりあえず、保護眼鏡をとった。
雅苗はそんな私を見て、無邪気な笑い声をあげた。