13話 2012
「プロバンス、ですか。」
羨ましいなぁ、と、思いながら私は思わず言った。
環境問題とフンコロガシ等の昆虫についての講義でも聴いていたのだろうか?
多分、私はその頃、セアカゴケグモとネッタイシマカについて研究していた。
ネッタイシマカは、ジカ熱やデング熱のウイルスを媒介する。
大切な仕事だし、面白かったが、やはり、昆虫の花形は甲虫だ。
しかも、プロバンス、ファーブルである。
羨ましいと思うくらいは仕方ない。
が、せめて話だけでもと期待する私を裏切って長山はオカルト路線に舵をきってきた。
「2012年に向けて、ノストラダムスの取材をすることになったのです。」
「ノストラダムスですか。」
私は少しがっかりして言った。
ノストラダムスの話では虫もファーブルも関係無さそうだ。
「はい、ノストラダムス。
マヤ歴の人類滅亡は、ノストラダムスも予言していた、なんて当時流行りましたから。
少し前からビュガラッシュが注目されるようになってましてね。
『人類が滅亡しても唯一生き残れる場所』なんて言われるようになったので。」
「はぁ…。」
私は間抜けな声で相槌を打つ。
ビュガラッシュは、フランスの小さな田舎で、当時、ニュースにも取り上げられていた。
歴史や地層は気になるが、予言や滅亡の話では面白い話は聞けないだろう。
私の気持ちと裏腹に長山は饒舌に静かな村の特異な山について語る。
この村にそびえるビュガラッシュ山は、『逆さ山』の異名がある。
なんでも、上の地層の方が、下の地層よりも古い…つまり、自然界の常識と逆さまの山なのだそうた。
で、ここから地下帝国の入り口があるとか噂があったようだが、長山も見つけられなかったのだ、そうだ。
「地下帝国の入り口より、巨大隕石による地殻変動の方が納得で来そうですが。」
私は6600万年前のユカタン半島の小惑星の激突について考えた。
地下帝国よりこちらの方が私の好みだ。
生物は、何度か大量絶滅を経験している。
アロマロカリスやティラノサウルスが地球から消えてしまっても、また、新たに生物は生まれ、我々が現在、繁殖しているに過ぎないのだ。
「面白い考えですね?
でも、あんな大きな岩山をひっくり返してしまうような、そんな隕石が落下して来たとしたら…、地球は死の星になっていますよ。」
長山はそう言って楽しそうに笑った。
「すいません。」
「謝る事はありませんよ。私も、そっちの方が好きです。まあ、でも、視聴率を考えるなら、ノストラダムスとマヤ歴が当時は良かったのです。
そして、温暖化の話を聞くために訪ねた講義で雅苗さんと再開したのです。」
長山は胸の痛みをこらえるように、わずかに右目を軽くすぼめた。
それは、甘さのある痛みなのだろうと、長山の顔を見つめた私は思った。