132話 追求
廊下を照らすのは、小さな常夜灯。
私は静かに撮影現場の大接間に向かう。
走って行って、何があったのか問いただしたい気持ちもあるが、あまりにも非現実な事ばかりで、気持ちにブレーキがかかる。
長山にメールをしたが、なんだか、返信は無いし、あの画像を見る限り、良い状態とは言えない。
とは言え、トイレに行って落ち着くと、今までの不思議な出来事が本当にあったのかも不安になる。
何より部屋から、ギターの音がしてきている。
その現実離れした美しい音色が不安にさせる。
一体、私は何をしているのだろうか?と。
大接間の扉に耳を当てて、中の様子を確認する。
芸能関係者だからか、それとも、もともと声が大きいのか、
声量がある彼らの話は、ドア越しでも無理なく聞くことが出来た。
私は廊下の小さな明かりも消して、マスクと保護眼鏡をし、中に入る準備をする。
100物語の演出のために、明かりが入らないように、暗幕を張り、暗さを強調しているはずだ。
右手でドアノブに手をかけながら、耳をすますと溶生の声が聞こえてきた。
いや、歌っている。『輪廻円舞曲』を。
が終わるまで様子をみることにした。
本当に、今回の仕事は何がなんだかサッパリわからない。
番組の悪ふざけならいいが、何かの原因で幻覚を見ているとしたら、迂闊に中には入っては行けない。
それでも、ドア越しから聞こえる溶生の歌は、懐かしさと少年の頃を思い出させる張りのある声で、何かの幻覚剤で混乱しているようには思えない。
私の少年時代は、冒険ものが流行り、オカルトやら、超能力が流行した時代だった。
だから、特別、アニメやゲームに関係がなくても、そんな風味の、物悲しくも叙情的な歌が流れていた。
溶生は、昔より声がかすれた気がするが、そのかすれた感じが老騎士の吟遊詩人のように思えた。
♪貴女をもとめ、踊る円舞…
例え何度別れても
貴女は芽吹き、咲き誇る。
それは、私の知らない『輪廻円舞曲』だった。
一曲終わると、溶生が誰かに声をかける。
「7年前、呼ばれたのは私だった。
私は、彼女の事で雅苗に脅迫されていた。
私が来なければ、すべてをマスコミに公表すると言われた。」
溶生が話始める。
「嘘だっ!先生は、ショクダイオオコンニャクのハナちゃんが大好きだった。
あの花の開花の日にそんな深刻な話をするわけがない。」
長山の声がする。
「この、手のかかる花を咲かせるのに7年。
子供を育てるような、長い時を世話したんだ。
それでも、見事に開花されるのは、とても難しい、でも、先生は諦めずに世話をしていたよ。
「ハナちゃん」なんて、名前までつけているくらい。お前なんかに、雅苗さんの気持ちがわかるかっ!」 長山の勢いは止まらない。
「お前が、年の離れた雅苗さんを誘惑して、飽きたから殺したに違いないんだ。
知ってるぞ、売れなくなったお前が、先生の金で豪遊していたことは!」
迫真の長山の長台詞に圧倒された。
書斎で見つけた、雅苗の荒唐無稽の殺人計画のメンバーに長山の名前を見た私は、複雑な気持ちで、事の展開をドアごしに見守った。
一体、何が真実なのだろう?
私は、今、何処にいるのだろう?
リアルな幻想に紛れ込んだような不安が込み上げて気分が悪くなる。
書斎で見つけた雅苗の『告白』が不気味に体を震わせた。
寄生バチを使い、溶生を操ろうと遺伝子組み換えをする女性の物語。
「殺す?私が?長山くん、このショクダイオオコンニャクが開花する、一番注目されるそんな時に?
さずがに私もそこまでバカではない。
私は、脅されたんだ。
この、一番注目される日に公開すると。」
今度は、溶生の言い分に納得する。
ショクダイオオコンニャクの花の写真をとるのは難しいのだ。
そして、7年に一度、2日くらいで枯れてしまう。
このユニークな花の下で、スキャンダラスな面白ネタをネットであげたら、きっと、すぐに広がるに違いない。
学名のアモルフォファルス・ティタヌムとは、
変形した巨大な男性器と言う意味なのだ。
そんな名前の花の開花に合わせて、浮気の追求を奥さんにされるなんて、
私だったら耐えられない。
「まあ、どっちでもいい。
君が信じようが、信じまいが、私は、あの日、屋敷についた時には誰もいなかったんだ。
しばらく待っていたけど、雅苗は来なかった。
携帯電話は繋がらなかった。
月がきれいな夜で…、それを見ていたら、眠くなったんだ。
気がつくと、私はトンネルを歩いていて、美しい花畑に立っていたんだ…。 」
えっ…、ここでまさかの臨死体験?
私は、溶生の話にドキドキしてきた。
確かに、事件の日、2日くらい昏睡状態だったと記憶している。
だから、お花畑を見たりもするかもしれないが、
それは、今、ここで言う話では無い気がするぞ。
私は、ドアに耳を押し付けながら、この話の展開に秋吉が突っ込みを入れてこないことに不安を感じた。
入ろう。
私は、ドアノブに触れていた右手に力を込めた。
が、それを止める何者かの手を感じて振り返る。
そこには、あの2階で倒れたときに見た雅苗の姿の何かが立っていた。
(○_○)!!……
(○0○)!!……
悲鳴をあげたりはしなかった。
物凄くビックリはしたが、夜行虫の採集のために夜の森や林に行った経験があるから、驚愕の展開でも叫びあげずにここを乗り切れた。
これは、幻覚だ。
唾を飲み込んだ。
そして、私は、彼女に試すようにこう聞いた。
「あなたは、こんにゃくの花の精ですね?」
花の精は、目を見開いて…少し、困ったように微笑する。
「若葉雅苗です。お久しぶりです。池上先生。」
(///ロ///)………
あああああっ……( ̄□ ̄;)!!
し、死にそうだ……これ、本物の雅苗さんじゃないか!
それを、こんにゃくの花の精なんて、マジレスしちまったよっ…