126話狩り蜂
電話をする。が、長山はでる様子がない。
通話音を聴きながら、ジャンパーを羽織り、軍手と防護眼鏡を装着する。
七つ道具の入ったリュックを担いで鳴らない電話を切ると胸ポケットにしまう。
「悪い、下に行ってくる。」
私は、ドアの前で窓側に移動していた北城に言った。
「ダメだ、行かせない。」
北城は、窓を開けて何かを放った。
私は、ノブを回し、鍵がかかっている事に気がついて、北城が外に放ったものの正体を悟る。
書斎のドアは古いもので、鍵をさして回すと内外どちらからでも鍵がかかるものだった。
「どういう事だ?」
私は北城の今までのおかしな行動を思い出していた。
北城は、学生時代から変わってはいたが、もう少し早く気がつかなかった事を後悔する。
北城は、落ち着いて上品に窓を閉める。
「我々は、新種の生物に…寄生されている可能性がある。」
北城の台詞が芝居がかって聞こえた。
「新種の生物だと?」
私も無意識に芝居がかった言い回しで発言してしまい、少し恥ずかしくなる。
「そうだ。不明な点があるが、そう考えて間違いはないだろう。」
北城は、シビアな口調で言う。それを聞いて、背中に剣山を刺されたような衝撃が走る。
「そうだって、お前、じゃあ、下の人達は……。」
私は、話しながら机へ向かうと北城の使っていたパソコンのモニターを開く。
全く、これを隠すために、あんなおかしな謎を作っていたのか?
私は、北城を腹立たしく感じながらもモニターが下の状況を映すのを待つ。
Σ( ̄□ ̄)!
モニターに映し出された状況に言葉を失った。
なんだろう?長山が見えない誰かと話していて、溶生さんはギターを弾き語っていた。
秋吉!!
私は、秋吉を探す、この間、一秒近くで、秋吉との出会いから、夕方の悪ふざけまでが一気に駆け巡って体を震わせる。
まだ、20代前半。
やっと、表舞台に出られそうだと言って笑っていたのにっ!!
寄生された青虫のように、サナギになれずに息絶えると言うのだろうか……。
「け……いや、まずは消防署に連絡を。」
私は、119番に連絡する。
繋がった……が、開きかけた口で、間抜けに明日の天気を聞いている。
頭は冷静なのに手が震える。
もう一度、119にかけてみる。
やはり、明日の天気を語るだけだ。
「どうしたんだ?」
嫌な予感に包まれながら、私は、自分のスマホに語りかける。
寄生虫の次は、コンピューターウイルスなのかっ(T-T)
めまいがしてくる。
が、諦めるわけにはいかない、とりあえず、知り合いにメールをしてみる……
が、それを北城が止めに来る。
「無駄だ。我々は、大いなる幻覚の中にいるらしい。
池上、お前が気を失っていた時に、私も、何度か試してみた。
そして、今のおまえの様子を見ると、異常をきたしているのは、機械ではなく、我々の方だと思う。
我々は、寄生バチではなく、狩りバチの獲物にされたのかもしれないね。」
北城は、楽しそうに目を細める。
コイツは、基本、いつもこんな感じの人間だ。
自分の命も、どこか、実験の題材にしてしまうような、そんな危うさを漂わせている。
私は、そんな不気味さに学生時代の彼を思い出して少し落ち着く。
なんだか、とんでもない事が身にふりかかっているが、北城は、学生時代と変わらない。
人間も昆虫も、早々簡単に日頃の生活習慣は変えられないのだ。
“ああ、ごめん、寄生バチの話だったね…”
今朝、秋吉に説明した事を思い出す。
寄生バチは、知らないうちに宿主の体内に産卵するが、
狩りバチは、捕食した獲物を自ら巣に運ばせる。