121話 雅徳
私は机の平たい引き出しを引いてみた。
中には、男物の黒革の札入れと紙製の薄い額が入っていた。
「どうした?」
北城がそれに気がついてやって来る。
「レイの言葉を思い出して引き出しを開いたら、財布が入っていた。
中に、1ドル札が入っているかもしれない。」
私は北城に中を検めろと視線を投げる。
北城は、私の顔を一呼吸見てから黙って財布を手にした。
北城は、二つ折りの財布を開いた。
中には、確かに、1ドル札が1枚入っていた。
「で、これが何の意味がある?」
北城に聞かれて、少し困惑しながら説明を始める。
「正直、よく分からない。ただ、北城、お前に会う前に秋吉さんとこの部屋で1ドル札の話をしたんだ。
なんで、そんな話になったのかは忘れたが、雅徳さんの話になって、1ドル札の話題になったんだ。」
「面白い。続けてくれ。」
北城は貴族が執事に言うように私を急かした。気に入らなかったが、早く話したいので続けた。
「秋吉さんが主演のアニメの話になって、そこから、虫の話になったんだ。
彼が主演するアニメは『シルク』生物学者の夫が、植物人間の妻に寄生虫を宿らせる話なんだ。
で、生物学の話から、雅苗さんのお父さん…雅徳さんの話になって…雅徳さん、遺伝子組み換えの研究をしていたろう?」
私は、ここで北城を見た。
身内の北城から、噂の審議を確かめようと思ったのだ。
「正確には…違うが、まあ、一般的には、その方が通りはいいだろうな。
叔父さんは、もっと、広い物指しで世界を見ていたようだが。」
北城は、少し眉を寄せ、言葉を選びながらそう言った。
「ガイヤ理論…だったかな?」
私の質問に北城は、視線をしたに向けて少し皮肉な笑いを浮かべた。
「ああ。あの世代の人間は、『大いなるナニカ』を求めるロマンチストが多いが、叔父もそんな人種だった。
今話すと、飛んでもない人物に聞こえるが、世紀末に亡くなったのだから、あの時代の空気に包まれて、今では不可解な理屈を真顔で話していた。」
北城は、ほろ苦い苦笑を浮かべた。
彼にとって、雅徳さんは愛すべき『困ったさん』なのかもしれない。
「おかしくもないさ。『ガイヤ理論』だろ?
地球は1つの生き物で、虫やウイルスが神経のように情報を伝達する。
まあ、クリエーターが混ざると、この話題は、すぐにオカルトに流れてしまうけれどね。
秋吉さんと話したときも…バージニア州の謎の話になって…フィエステリアの話にまで発展しだんだよ。」
私は、自虐するように明るく話した。
が、心の中では、秋吉が草柳レイに見えた事を不思議に考えていた。
1日に幻覚を2回も見るなんて……。
「ああ…そうか、そうだな、あれはなかなか面白い発見だったな。」
北城は楽しかった昔を思い出したように明るく言った。