114話帰宅
西条八十の都市伝説から飛び出す、あっと驚く虫の話…
私は、奇想天外な話に混乱しながらもワクワクした。
北城は、北宮家の親族であり、奴のぼやきを聞くところによれば、様々な資料が埋もれている予感がした。
そう、この屋敷の持ち主だった、私の尊敬する北宮 尊徳先生は、生物学者であり、国内外に友人が多い。
フランス人の昆虫記を翻訳するにあたって、アドバイスのやり取りなどの手紙の束などが保存されているかもしれなかった。
私は、資料の整理をしながら北城の様子を伺った。 信州には、尊敬する生物学者がたくさんいる。
それらの直筆の手紙を見る機会なんて……早々あるものではない。
いや、他の資料でも見てみたい。
私の期待を知らずに、北城は、何か文を作り、そして、あの…私が見つけたしおりを見つめていた。
それから、本棚の一般書を一つ一つ眺めはじめた。
「どうした?」
私の質問に、北城は、しおりを私に渡してこう言った。
「しおり…この謎は、ネットだけでは解けない気がする。
次のヒントの挟まる本があるはずなんだ。」
「本…北城、一体、お前は何を探してるんだ?」
私が聞くと北城は、渋い顔で棚を見ながら少し考えた。それから、
「わからん。」
と、答えた。
「はぁ?わからんって、なんだよ、なげやりだな。」
私が不満そうにぼやくと、北城は、観察対象を見るような目付きで私を見る。
「そう言えば…、池上、お前、このしおりをどうやって見つけた?」
「たまたまだ。」
北城に聞かれて、私は即答した。
「たまたま…だと?」
「ああ、本を全て整理のために取り出したのだから、たまたま、手にしただけだ。なんなら、この本を二人で手分けしてみたら…。」
私は近くの本を一つ取り出した。それは、あのしおりの挟まっていた昆虫図鑑の仲間で海洋生物のものだった。
「そうだ、たまたま、子供用の昆虫図鑑を手にしたんだ。そうしたら、ウスバキトンボのページに挟まっていた。別の図鑑に続きがあるかもしれない。」
私は、子供の図鑑の棚を見た。この中に、次のヒントがあるかもしれない。
「いや、それほど単純ではない。
本にしおりを挟んだのは、この場所にいなければ、答えを教える気が無いと言うことだろう。
そして、『砂金』の本でも分かる通り、ヒントは書斎にあるとは限らない。
この家の本のリストを知り、確実に本の題名を知った上で探さなくては、見つからない。」
北城は、難しい顔をして言う。
「面倒くさいな、何の余興なんだろう?
しかし、そんなもの、後で探せばいいじゃないか。
それより…お前、下は良いのか?
まだ、撮影してるんだろ?」
自分でいいながら、背筋に寒いものが走るのを感じた。
私の言葉を聞きながら、北城は、皮肉げに笑う。
「しかし…それでは、タイムアップになってしまう。」
「タイムアップ…」
その言葉が、部屋を重苦しく包む。
私は、何かを忘れている気がする……
こんな風に、のんびりと謎解きなんてしている場合だろうか?
あの時…北城がこの部屋に来る前…
私が倒れる前…何があった?
下では撮影が進んでいた。
私は、なにか…そう、花の開花を知らせようと立ち上がって…倒れた…
思い出すと頭が重く感じてくる…
耳鳴りがする。
記憶がよみがえる…
秋吉の叫び声を聞いた…
それにつづいて、あの低く心を揺らす溶生の声を聞いた………
あの人が…帰ってきた。と。