112話コーヒーブレイク2
暖かいコーヒーが体に染みて行く。
夜も更けて、冷房の効きがよくなったのか、夏だと言うのに、その暖かさを心地よく思った。
北城は、私が並べ直した本棚を「厄介だ。」とボヤきながら見つめていた。
遠くから同族を呼ぶ蛙の声がする。
リラックスする私に、懐かしい夏の香りが舞い込んでくる。
シロバナムシヨケギク…蚊取り線香の香りである。
除虫菊と呼ばれた、その可憐な白い花は、19世紀にアメリカからやって来た外来植物である。
これは蚊取り線香の原料であるが、残念ながら、除虫菊を原料にした蚊取り線香は一時、化学合成された成分のものに置き換わってしまった。
最近では、自然な殺虫剤として、人気が盛り返してきているようだ。
が、住居の気密性があがると、火を使うと言う事、臭いと煙があると言う事に抵抗がある家庭も少なくはないだろう。
しかし、私には、郷愁を誘う香りで、リラックスした気持ちになる。
が、蚊取り線香などない。
不思議に思ったが、その理由はすぐに分かった。
薬剤を染み込ませた加熱カートリッジ式の機械がコンセントに刺さっているのが見えたからだ。
懐かしい香りで、リラックスしたせいか、頭がよく回る気がしてきた。
そして、『ダ・ヴィンチコード』が突然、北城の話題に登場した事がおかしく感じた。
確かに、今年がレオナルド・ダ・ヴィンチの没後500年だとして、『ダ・ヴィンチコード』で謎を作るなんて唐突だ。
それに、ボッチチェリとの関連が分からない。
ボッチチェリ…
1445年生まれのイタリア、ルネサンス時代の画家である。
メディチの繁栄と共に、その才能を開花させ、『プリマヴェッラ』などのルネサンス名画を残すが、
パトロンのロレンツォ・デ・メディチが無くなると、サヴォナローラと言う坊さんに感化され、暗い宗教画を書くようになる。
『地獄の見取り図』は、そんな晩年の作品だ。
ふと…ボッチチェリの生涯に誰かの影が横切るのを感じた。
北宮 雅徳…1995年に亡くなった雅苗の父親である。
そして、本棚の隠しスペースを見つけた北城に私は叫んだ。
「ごめん!そこ、開けちゃったんだ。」と。