111話コーヒーブレイク
話がおかしな方向へと流れてゆき、私は混乱する頭を落ち着かせようとコーヒーを作る。
「北城、お前もどうだ?」
一応、聞いてみたが北城はいらないと言った。
そして、また、パソコンに向かって何やらはじめる。
なんで、こんな話になったのだろう?
私は、仕事中に邪魔をしにきた北城に心配になったが、北城は北宮家の親族だから、あまり強くも言えない。
それに、資料整理を頼まれたのだから、彼女の隠した資料を探すのも、仕事と言えなくもなかった。
しかし、『ダ・ヴィンチコード』の話で、なんだか煙に巻かれた気もする。
頭を整理する。
目的は、あくまでも雅苗さんの不明の資料発見。
失踪前の謎のメッセージの解読だ。
彼女は『砂金』と言う西条八十の1919年に出版された本に赤いブックカバーをかけた。
そこには、2012年にネットを賑わせた謎の組織、シケイダ3301の蝉のマークが印刷されていた。
そして、『トミノの地獄』と言う詩のページに張り付けられたボッチチェリの『地獄の見取り図』
『砂金』は、今年、2019年に出版100周年、西条八十のデビュー100周年とも言える。
『19』と言う数字に着目した北城は、同じく1519年に亡くなったレオナルド・ダ・ヴィンチを想像した。
これは、雅苗さんが、2010年に長山さんとプロバンスで会っていた事と、謎のしおりからの連想だ。
考えれば、ボッチチェリは、ダ・ヴィンチと同じ工房で働いていた事もあり、ルネサンス美術の話になると、この二人は仲良く登場する。
そして、フランスで余生を過ごしたダ・ヴィンチと時代を同じくして、プロバンスにいたのが、青年ノストラダムスである。
人類滅亡の取材をするためにプロバンスに来ていた長山は、偶然、再開した雅苗にノストラダムスの話をする。
雅苗は、そこで『疫学者』のノストラダムスに興味を持ったのだと長山は言った。
雅苗は、21世紀初頭に発表されたモルゲロンズ病の研究をしていた。
それは、夫、若葉溶生の持病でもある。
しかし、モルゲロンズ病は、寄生虫妄想の精神疾患として、2012年、雅苗が失踪したその年に決着を見るのだった。
しかし、名前がどう変わろうと、患者の症状が回復するわけでもなく、失意の雅苗の耳に、偶然、入ってきたのが、シケイダ3301の謎の求人である。
なんだか、出来すぎたタイミングに、精神的に混乱した彼女は、自分が、謎の組織に呼ばれたのだと勘違いしたのだろうか?
奇しくも、2012年はマヤ歴の終わり、人類滅亡と騒がれ、ノストラダムスもまた、再浮上してきていた。
そして、彼女のショクダイオオコンニャクが、7年ぶりに開花を控えていたのだ。
この時、北城の説を借りてくるなら、雅苗は、プロバンスで17世紀の随筆に書かれた風土病…モルゲロンについて何かを調べていた可能性がある。
21世紀の奇病の名前の由来が、この風土病だからだ。
ノストラダムスは、ラングドックと呼ばれる、この地の医師である。
そして、現在でも医療の名門であるモンペリエ大学に在籍したと言われている。
また、モンペリエは、ホスピタル騎士団とも呼ばれ、巡礼者を守り、傷ついた騎士の治療をしたヨハネ騎士団との縁も深い土地柄だ。
彼らの関係者が、モンペリエ大学と縁があると考えるのは自然だとおもう。
モンペリエもまた、かつて、ラングドックと呼ばれた地域であるのだから、モルゲロンと言う風土病についても研究や情報が入っていただろうと想像はできる。
つまり、雅苗は、そんなノストラダムスに興味を持ったのだと予測できるのだ。
雅苗の残る資料には、モルゲロンズ病や若葉溶生のカルテ等が見当たらない。
多分、『砂金』のカバーに残した謎に、それらの資料の行方があるのだと考えられるのだ。