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STEP CUTE~世界を隔てた断界の炎~  作者: 枯葉野 晴日
第一話【業火の神霊】
4/6

1-3.

【一年三組】

遥の所属するクラス。

大まかに分けて運動部系のグループと、文化部系のグループと、そのどちらにも属さないグループの三つに分かれるようだ。

 遥と氷雨が所属する一年三組の教室は、校舎二階の東側の廊下にある。

 立風高校は一学年につき八つのクラスがあり、一クラスあたりの人数はおよそ四十人で、基本的にどのクラスでも女子が過半数だ。

 教室の席でも、氷雨と遥の席は名前順であった。男女混合の五十音順で、黒板側の入り口から一人ずつ席が割り振られている。

 席についてまず驚かされたのは、先ほど目が合った男子生徒が左隣の席だったことだ。

 またも目が合うが、遥は何故か気恥ずかしい気がして俯いてしまった。


「なぁ、もしかして……遥じゃないか?」


 探るように、男子生徒が遥に声を掛ける。遥は驚きに、思わず背筋が伸びた。

 ぎしぎしと音がしそうな程、固い動きで遥は声の方向へ顔を向ける。

 改めて男子生徒の顔を見ると、見覚えがあった。


「……尊人君?」


 先に気付いたのは、遥の前の席に座る氷雨だった。

 桐八尊人(きりやたかと)。遥が思い出しかけていた、もう一人の幼なじみだった。

 氷雨と同じ時期に友達になったが、二年ほどで親の転勤に伴い転校してしまったせいで、以降は疎遠になっていたのだ。


「そっちは……氷雨、氷雨か! 何だ、氷雨も同じクラスなのか!」


 尊人は嬉しそうに声を上げた。人懐っこい笑顔だ。


「尊人って、あの尊人……?」


「おい、忘れてるのかよ! 昔よく遊んだだろ?」


 次々と蘇る記憶の中には、確かに尊人の姿があった。


「あの尊人だ! うちのお母さんのお風呂覗いて叩かれて大泣きしてた尊わぷっ!」


「ばっ……何口走ってるんだ!」


 慌てて尊人は、遥の口を手で塞いだ。まさか高校生活初日で、昔の恥ずかしいエピソードを暴露される羽目になるとは思っていなかったのだろう。

 しかし遥の能天気な声は、教室によく通ったらしい。周りでひそひそと、尊人を遠巻きに見るような声が上がっていた。


「ご愁傷様」


 憐れむような氷雨の言葉は、尊人にとって何の慰めにもならなかった。


「それにしても懐かしいな。七年ぶりくらいか?」


 話題をすり替えるように、尊人が口を開く。


「そうね。でも、どうして尊人君がここに?」


 氷雨は不思議そうに首を傾げた。確か、飛行機を使うほど遠くに引っ越した筈だったのだ。


「そうそう、またこっちに越して来たの?」


 尊人の手を退けながら、遥も疑問を口にする。


「親父とお袋が海外に行くことになってさ、俺はこっちの祖父ちゃんの家に居候することになったんだ」


 尊人は照れ臭そうに頭を掻くと「俺、英語からっきしだし」と付け加えた。


「へえ、そうなんだ。じゃあお祖父さんの道場にもまた?」


「どうだろうな。まだ決めてないけど、部活次第かな」


 尊人の祖父は、小さいながらも空手の道場を開いているのだ。遥も昔、見学に行った記憶があった。

 積もる話が弾んだところで、教室の扉が開かれる。


「はい、みんな静かにしてね」

 

 入ってきたのは、遥たちの担任教師である眞壁静稀(まかべしずき)先生だった。

 さっぱりとショートボブにした栗色の髪に、パンツルックのスーツという、いかにも快活そうな印象の若い女教師である。


「細かい自己紹介は先日のガイダンスで済ませたから、省きますね」


 静稀先生はそう前置くと、今後の選択授業や部活動の申し込み等について説明を始めた。

 ひそひそと聞こえるのは、男子生徒の興奮した気色だ。確かに、遥から見ても静稀先生は美人というか、健康的な色気のあるように感じられた。

 ボーイッシュないで立ちに、極めて女性的な体つきをしているというのも作用しているようだ。


(ちょっと、お母さんに似ているかも)


 そんな感想を浮かべる遥に対し、隣の尊人は話が始まって早々に舟を漕いでいる。氷雨の呆れたような溜息が、遥の耳にも聞こえた。


「出席番号九番、桐八尊人! 大事な話をしているんだから寝ない!」


 ぴしゃりと静稀先生の叱咤が飛ぶ。予想外に鋭い語気に、何人かの生徒が息を呑んだ。


「ふぁいっ!? あ……すみません」


 寝入りそうになっていたところを叩き起こされた尊人は、椅子からずり落ちかけながら謝る。静稀先生の一睨みは、率直に言って怖いものだった。


「少なくとも今後三年間に関わる話をしているのだから、きちんと聞きなさいね」


 ぱんと手を叩くと、静稀先生はまた話を再開した。

 クラスメートの笑いを誘った尊人は、恥ずかしそうにしている。

 遥は呆れ、氷雨は自業自得だと言わんばかりに冷たい眼を向けていた。

 三十分ほどで最初のホームルームは終わり、生徒たちは思い思いに教室を出て行く。

 家族と合流して帰る者もいれば、気の合う友人を見つけて話し込む者もいた。


「よう、これからどうするんだ?」


 氷雨と帰り支度をしていた遥に、尊人が鞄を肩に担いで声を掛けた。


「遥は私と帰る」


 妙に刺々しく、氷雨が尊人を制するように言う。


「尊人もお祖父さんの家だったら、確か方向は一緒だよね」


 氷雨の態度もどこ吹く風で、遥は「一緒に帰る?」と聞いた。


「そうだな。久しぶりにおばさんにも挨拶したいし」


 尊人の言葉に、氷雨は鋭い視線を飛ばした。

 だが、無理もない。尊人がこの町を出てから、七年の歳月が経っているのだ。


「それに、あの人もいるんだろ? 蓮兄ちゃん。よく遊んで貰ったよな」


「うん……そうだね。蓮兄も喜ぶと思うよ」


 遥は母の話題には触れず、寂しさの滲む笑みを浮かべた。


「どうかしたか?」


 そんな遥の機微を感じ取ったのか、尊人は心配そうな声を出した。

 その言葉に驚かされたのは、遥より氷雨だった。遥は、自分のマイナスの感情を隠そうとするところがある。

 それを察することが出来るのは、氷雨を含む一部の限られた人間しかいなかったのだ。


「ん……何でもないよ。じゃあ、帰ろっか」


「お、おい」


 引き留めようとする尊人を、氷雨が抑えた。氷雨は尊人に向かって、首を横に振る。


「後で分かる」


 尊人はその言葉に腑に落ちない表情を浮かべたが、氷雨の言う通り後になってその真意を知ることとなった。


◆ ◆ ◆


 登校時と違い、遥はゆっくりとしたペースで自転車のペダルを漕いでいた。

 氷雨と尊人と三人で帰る予定が、遥は一人だった。

 尊人はその体格から、登校時より運動部に目を付けられていたらしく、激しい勧誘の嵐に飲み込まれてしまった。

 氷雨はというと、家庭のことで話があると職員室に呼び出された。長くなりそうだからと、氷雨は申し訳なさそうに遥に謝っていた。

 そんな訳で、遥は一人寂しく帰路に着いていたのである。


(さて、このまま帰ってもいいし……ちょっと寄り道してもいいかな)


 気ままに風を切って大通りを下りながら、遥は思案していた。

 ――その時、世界が変わった。

 まず異変を感じたのは、音だ。

 無音。

 そう表現してもいい程に、音が消えた。

 次いで肌に触れる空気。

 春なのに、異様なほど肌が粟立つ寒気――いや、寒気というよりは冷気だった。

 そして鼻をつくのは、臭気だった。

 獣臭といえばいいのか、纏わりつくような臭いが辺りに漂い始めた。

 気付けば、大通りだというのに人の姿が消えている。

 遥は、まるで別世界に迷い込んだかのような錯覚に陥った。


「なに……これ……?」


 自転車から降りて、辺りを見回す。先ほどまで走っていた筈の車も、忽然と消えていた。

 目に映る建物の中にも、人の気配が無い。

 見渡す限り無人の街は、酷く不気味だった。

 世界に自分一人だけになったような、言い様の無い不安感に襲われる。

 とにかく、分かることは異常な事態であるということだけだった。

【桐八空手道場】

朱里手・泊手の流れを汲む古流空手……を教えながらも、いわゆる寸止め空手に区分される競技空手の指導も行っている。

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