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STEP CUTE~世界を隔てた断界の炎~  作者: 枯葉野 晴日
第一話【業火の神霊】
3/6

1-2.

【市立 立風高等学校】

遥の通う高校。

文化祭は地元商店街も巻き込んだ規模の大きいもので、市外からも人が訪れる。

そのため、文化祭の時期だけ結成される自治組織が存在する。

 家の扉を荒々しく開き、身支度を済ませた遥は大急ぎで飛び出した。


「蓮兄、戸締りお願い!」


 大通りに面した二階建ての遥の家は、祖父の時分には小料理屋をやっていたという。今は改装して玄関となっているが、店だったころの名残か、かなり広いガレージを備えていた。


「急ぎ過ぎて事故しないようにな」


 蓮治は手を振りながら、青いフレームの自転車に飛び乗り全速で発進する遥を見送った。


 遥がこの春から通う予定の立風高等学校は、市内で二番目くらいの偏差値の公立高校だ。

 昨年で創立八十周年を迎えたそれなりに歴史のある高校だが、生徒の自主性を重んじる校風で人気は高い。

 遥の家からは、大通りを山側へ北上し、自転車でおよそ十五分といったところだった。

 山の麓に建つ、歴史を感じさせるレンガ造りの校舎は、建築マニアの間では密かに話題になっているという。

 生徒数は男子約四百人、女子約六百人、合計約千人の、いわゆるマンモス高の部類に入る。

 

 遥は自転車を漕ぎながら、高校までの時間を逆算する。信号にさえ引っかからなければ、何とか間に合うだろうという塩梅だった。

 上気する息を抑え込み、ひたすらにペダルを踏みこむ。高校進学と共に新調した自転車は、スポーツタイプのクロスバイクだ。二十一段変速のギアを器用に駆使しながら、遥は高校までの最短ルートを走る。競技用ロードバイクほどまではいかなくとも、相当な速度が出ていた。

 寝ぐせ隠しの意味も込めて被ったヘルメットは青く輝き、下手な原動機付自転車よりもよほど速く、遥は学校までの坂道を駆け上がっていく。

 懸念していた信号も問題なくクリアし、このペースで行けば十分間に合うだろう。

 少しばかり心に余裕が出来た遥は、通学路の桜を眺めて、呼吸を整えた。

 六年前の大地震で、甚大な被害を受けた立風市。その復興の象徴として植えられた桜並木は、満開に咲き誇っている。


(そっか……ホントに今日から、高校生なんだ)


 急ぐのはそのまま、流れる景色は遥に、母のことを思い出させた。


「お母さん……わたし、高校生になったよ」


 誰に聞かせるでもなく、遥は呟いた。


◆ ◆ ◆


 もうすぐ学校に到着しよう、という時だった。

 不意に吹き付けた一陣の風が、桜の花びらと共に幼い少女の帽子を空に舞い上げた。

 小さく声を上げる少女。頭を離れた帽子は、少女の伸ばした手をすり抜けるように、歩道橋の上から眼下に流れる川へと落ちていく。

 見る間に少女の大きな瞳に涙が溢れた。これは後から分かることなのだが、風に飛ばされた帽子は少女の父が最期に買い与えたものだったのだ。


「大丈夫、待ってて」


 偶然その様子を目にした遥は、迷うことなく自転車から降りると、少女の傍に寄り添い気遣うように頭を撫でた。

 無視して走り去れば、遅刻は免れただろう。だが、遥はそれを見過ごせない人間だった。損得抜きに、困っている人を助けずにはいられないのだ。

 遥は真新しい通学鞄を肩から下すと、プリーツスカートが捲れるのも気にせず歩道橋の手摺を乗り越え――川に落ちた帽子目掛けて、橋の上から飛び降りた。

 大きな水音と共に、飛沫と悲鳴が上がる。


「おねえちゃん!?」


 手摺の隙間から川に目を落とした少女が見たのは、帽子を掴んで手を挙げる遥の姿だった。


◆ ◆ ◆


 その姿を見た時、天川氷雨(あまかわひさめ)は切れ長の目を丸くして、珍しく取り乱した。

 しかしながら、高校の登校初日。待ち合わせ場所に現れた親友が、全身を余すところなくずぶ濡れにしていたのだ。それは無理もないことだった。


「ちょっと、遥……!?」


 氷雨は通学鞄から空色のタオルハンカチを取り出すと、遥の顔から滴る水滴を拭った。


「あはは、くすぐったいってば……」


 遥は身をよじって逃れようとするも、頭一つほど背の高い氷雨にされるがままだった。


「ちゃんと拭かないと風邪引くから」


 棘のある声音だったが、氷雨の瞳には心配の色が浮かんでいる。


「どうしたの、これ」


「来る途中に少し、ね」


 曖昧な苦笑いを見せる遥。


「少しって、何をしたの。泳ぎでもしないと、とてもこうは……」


「あ、流石に鋭いね氷雨」


「……泳いだの?」


「ちょっと、うん。ちょっとだけ、時期外れだったかな?」


 呆れを通り越して、氷雨は思わず天を仰いだ。


「とにかく、もう入学式が始まるから。でも、着替えないと風邪を引いてしまうし……」


 普段あまり感情を表に出さず、ともすれば冷たく見えるほどの氷雨が狼狽える様は、遥にとって新鮮だった。

 すらりとした長身に、後ろで結わえた色素の薄い長い髪。遥がいつも心配になるほど痩せているのだが、その立ち姿は一振りの日本刀を思わせる。


「ちゃっちゃと着替えちゃうからさ、先に行っててよ」


「私だって、もう直接体育館に行かないと間に合わない。それに、こんな遥から目を離せない」


 待ち合わせに遅れた上に、ずぶ濡れでやって来たことを非難するような声色だった。

 意見は平行線を辿り、結局遥が教室で着替えてから遅れて入学式へ参加することになった。

 二人は取り急ぎ、一年生の教室へと向かう。先日のクラス発表とガイダンスで、教室の場所は把握していた。

 遥にとっては嬉しいことに、二人は同じ一年三組だった。


◆ ◆ ◆


 講堂に集められた新入生一同の中で、遥は校長の挨拶をぼんやりと聞いていた。

 例に漏れずこの手の挨拶は長くなるもので、遥は何度目かになる欠伸を噛み殺した。一人だけ体操服で参加していることへの奇異の目は、この際気にしないことにする。

 出席番号は五十音の並びのため、目の前には氷雨の背中がある。背筋の伸びた良い姿勢は、かれこれ二十分は経とうかという長話の間であっても、一切揺らぐことはなかった。

 氷雨とも思えば随分、長い付き合いになる。

 遥と氷雨は、一言で表すなら幼なじみというやつだ。その出会いはもう朧気だったが、遥が小学二年生の時に転校してきたのが氷雨だった。

 たまたま隣の席になった遥は、氷雨にとっては引っ越してきて初めの友達でもあった。以来、二人は時たま大喧嘩をすることもあったが、お互いを一番の親友としてその関係は続いている。


(そういえば、お母さんも氷雨を可愛がっていたな)


 今日は妙に母のことを思い出す日だと、遥は頬を掻いた。

 遥の母は、六年前に亡くなっている。まだ遥が小学四年生だった頃だ。

 死因は件の大地震によるものだと聞いている。というのは、今日に至るまで父から母が亡くなった状況の詳細を聞いたことが無いからである。

 それは遥自身を思ってのことなのか、それとも父自身がそのことを話したがらないなのかは、分からない。

 少なくとも言えることは、遥自身のある感情もあって、圓堂家では母の死についての話題は触れがたいものであるということだ。


(でも待って。確か、もう一人仲の良かった子がいた気が……)


「遥、教室に移動だよ」


 いつの間にか、自身の顔を覗き込んでいた氷雨の声で、遥は我に返った。

 思案するうちに、気付けば校長の長話も、入学式も終わっていたのだった。

 ぞろぞろと新入生たちが、講堂から浮足立って出て行く中、遥は大きな欠伸を隠そうともしない男子生徒に目を留めた。

 並び的には同じクラスの男子生徒のようだったが、遥は何となく彼に見覚えがある気がしたのだ。

 周囲より頭一つ高い長身に、ツンツンした黒髪。何かスポーツでもやっていたのか、体格も鍛えられているように見える。

 進みの遅い群れの中で、ふと振り返ったその男子生徒と、遥の目が合った。

 眠そうに垂れた目のせいでお世辞にも男前とは言えなかったが、それなりに整った相貌。

 二人はしばし見つめ合う形になった。男子生徒は、最初こそ呆けたような顔をしていたが、気付いたように遥に向かって笑みを浮かべた。


「遥?」


 隣にいる氷雨の、怪訝そうな声。遥は慌てて男子生徒から目を逸らした。


「どうかした? 今日はちょっとぼんやりしているよ」


「だ、大丈夫! 寝不足なだけ……だと思う」


 心配そうな氷雨に、遥は取り繕うように笑ってみせた。

 男子生徒の方に目線を戻すと、彼はもう集団の前方に紛れていた。

【少女の帽子】

小さな赤いリボンのついた麦わら帽子。

病に臥せる少女の父が、最期のプレゼントに贈ったもの。

早くに母も亡くし、天涯孤独の身となった少女にとっては家族との繋がりを感じさせる唯一の物だった。

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