#154 夜明け前の密かな出来事なのデス
SIDEハクロ
【んっ…‥】
薄暗い中、ふとハクロは目が覚めた。
時間的にはまだ夜明け前であるようだが、普段熟睡して寝坊助な彼女にとっては珍しくぱっちりと寝起きが良いのである。
暗闇に慣れて見れば、眼下に眠っているのはシアン。
今日は宿屋で宿泊しており、夜の営みはちょっと観光のためにお休みしており、同室でありながらもハクロはハンモックをかけて寝ていたのである。
まだ何となく物足りなさもあったために、二度寝しようと思ったが‥‥‥
【ん~……ぬ~……】
一度起きてしまったせいなのか、中々二度寝に入れない。
ハンモックの心地よい揺れはあるのに、どことなく物足りなさがある。
【‥‥‥そうです】
ふと、頭にぴこんっとアイディアが浮かび上がり、彼女はそれを実践することにした。
ハンモックから降り、シアンのベッドの横へ移動する。
蜘蛛の体部分をはみ出させつつ、上半身の部分を潜り込ませ、寝ているシアンの横に彼女は入り込んだ。
【ふふふ……シアンと一緒に寝るのは暖かくていいですね】
すぅすぅと寝息を立てているシアンの横に潜り込みつつ、そっと抱きしめてその温かさに満足するハクロ。
愛おしくなり、そっと顔を近づけて口づけをするが、人の事は言えないと言うが、シアンも熟睡していたようで目を覚まさない。
まぁ、ここでゆっくりと寝てもらい、起きてから今日は首都内の観光を一緒にすることを約束しているので、その観光の間の体力保存という事でまだ寝てもらっても大丈夫であるとハクロは思った。
つがいに対する安心感も相まってか、眠気が無事に襲い掛かって来て、彼女の瞼が閉じられる。
【二度寝で一緒なのも、悪くないですね‥‥‥】
ぎゅっとシアンを抱きしめ、満足そうな笑みを浮かべて、彼女はそのまま意識を夢の中に沈めるのであった。
……だがしかし、ハクロはここでついうっかりやらかしていた。
抱きしめた状態で寝ている中、アラクネとしての本能なのか、身体が勝手にシアンを求めて動き、シアンの体の向きを自分の方へ向けさせ、手繰り寄せていた。
ゆえに翌朝、シアンが窒息死しかけた状態になっており、オーバーホール作業を終えたワゼの手によって、無理やり速攻で起こすために、口の中へ『改良型超濃縮物体X:激辛地獄風味』を投入される運命が待ち受けていたのだが…‥‥今はただ、幸せそうにシアンを抱きしめて眠るのであった。
【ふふふふ……シアン、大好きですよ…‥‥】
―――――――――――――――――――――――――――
SIDEドーラ
【シャゲェ!!】
【グゲァァァァ!!】
誰もが寝静まり、月明りが地上を照らす中、ドーラは戦っていた。
普段シアンたちに見せているような体ではなく、子フェンリルたちを相手にする時以上の、より大きく成長した姿であり、手加減も抜きの状態であった。
だが、全力を出した姿とは言え、目の前の相手に立ち向かった代償は大きかった。
茎のあちこちがえぐれ、根っこから吸い上げた水があふれ出す。
葉っぱも蔓も蔦も、何もかもがボロボロになっており、その食虫植物のような頭もあちこちに穴が開き、息をするたびに空気が漏れ出ている。
それでも、ここまでボロボロボな姿になってまでも、ドーラはやり遂げた。
【シャ、シャゲェェェェェェ!!】
【グゲェェェェェ!?】
渾身の、ボロボロになったすべての手足のような葉っぱで行った渾身のアッパーカット。
それが見事に相手の頭へ…‥‥ドーラの色違いのような、いや、それ以上に凶悪な外見を持つ植物モンスターへと繰り出され、相手は根っこが地面からブチブチという音を立て、宙を舞う。
かなり高く舞い、地上へ落ちるその瞬間に、ドーラはトドメの攻撃を放つ。
【シャシャシャシャシャ‥‥‥‥シャゲェェェェェェ!!】
日光よりも弱いが、月や星の明かりを集め、一気に放出するドーラ。
日中に比べると威力もかなり落ちるが、それでも相手の身体を貫き、空中で焼き尽くす。
強力な光線に飲み込まれ、相手はそのまま身体を残さずに消滅した。
……いや、正確には違う。
―――――ゴトン
宙からきらめいて落ちてきたのは、翡翠のような宝石。
【シャゲェ…‥‥】
ボロボロになり、最後の一撃で体力を消耗していたドーラであったが、その宝石へ蔓を伸ばし、口の中へもっていく。
バキバキボリボリゴリゴリジャリジャリ…‥‥
ゆっくりと味わうように咀嚼し、ごくんとドーラは飲み込んだ。
―――――――――――――――――
……相手はドーラの色違いのような相手ではあったが、実は別の種ではない。
その相手もまた、ドーラであってドーラではないような存在‥‥‥兄弟とも言うべきか、それとも分裂して別れた者であるというべきか。
今、ここで相手の力を食し、ドーラは自身の力が本来の状態へ戻りつつあるのを感じていた。
けれども、この力を相手のように、荒ぶるために使うのではなく、今ある生活を守るために使う事を決めている。
過去のドーラであって、ドーラではない存在…‥‥シアンたちは知らないが、ヴァルハラであれば知っている存在。
その正体は、数百年前に現れたとある魔王の配下であった超巨大植物モンスター、『ハイプラント』。
ありとあらゆる植物を自身のものにすることができ、どのような植物であろうともその場で異常成長させたり、また作物などを逆成長させて人々の食料を削るなど、各地で暴れまわった。
当時、魔王の指針のために破壊をもたらし、不幸をもたらし、何もかも蹂躙しつくしたハイプラント。
だがしかし、その当時の魔王が討たれた同時期に、ハイプラントも討たれ…‥‥いや、自滅した。
原因は、急激な異常成長の乱用による自己崩壊。
本来であれば自然に沿って成長させる植物の体なのに、他の植物の異常成長を促し、自身の配下に置くということをやらかしたせいで、己の体が耐えられなくなったのである。
自身の体について、自分でわからなかったのかと言いたくもなるが‥‥‥残念ながら、本当に分からなかったのだ。
何故、あのような無茶ぶりをしてしまったのは、ハイプラント自身も理解していない。
体が崩壊していく中、ハイプラントは最後の一手とばかりに、己の種子を世界各地に向け飛ばした。
それらは子供でもなく、別個体でもなく同個体……いわゆる分身のようなものであった。
とは言え、皆が同じように成長するわけではない。
気候や土壌なども影響したが、何よりもそれぞれで関わるものが違ったのだ。
ある者は、荒れ果てた大地で発芽し、その気候で生き延びるために、他の動植物を喰らう事に特化した。
またある者は、海上で発芽し、塩害にやられながらも耐え抜き、一つの大きな浮島となった。
そしてまたある者は、戦乱が続く腐敗した大国で発芽し、人々の負の感情などを喰らいつくし、大暴れを起こし、最終的には冒険者たちに討たれた。
各々で成長していく中、ドーラも発芽したが…‥‥その時にふと、奇妙な感覚を得たのである。
その感覚に従い、たどり着いたのがハルディアの森で、そこでシアンたちに出会ったのだ。
―――――――――――――――――
……そしてドーラはシアンたちの家の居候となり、花壇と畑の管理人としての生活を過ごした。
その家の温かさや、シアンとハクロのもどかしい関係などをワゼと共有して後押ししつつ、子フェンリルたちと交流して、植物だけど芽生えた母性に心を安らげた。
そして今、倒した相手もまたドーラがたどったかもしれない別の姿‥‥‥‥昔のハイプラントに最も近い姿も心も受け継いだものを倒し、その力をドーラは喰らう。
そして、こんな結末を迎える様な姿へ成長しなくて良かったと安堵の息をドーラは吐いていた。
魔王の配下であったハイプラント時代にはなかった、今の心安らぐ場所。
その温かさを、かつての魔王に届ける事が出来れば、また違う未来もあったかもしれない。
けれどもそれは、所詮もう変えられない過去。
その悲しみもかみしめつつ、相手から採った力をドーラは飲み込み、己のものにした。
自身の体の傷がふさがり、元の健全な状態へ戻る。
力自体も、今の相手はどうもかなり成長していたようで、かつてのハイプラント以上の能力をドーラは得た。
……まぁ、その力を破壊や不幸をもたらすために使うことはない。
たまにちょっとばかりいたずらに使用したり、子フェンリルたちを鍛えるためになどもあるが‥‥‥むやみやたらに振るう力ではなく、こういう非常時や、やむを得ない時だけに使う力である。
 
そして、いつの間にか朝日が昇っていたことにドーラは気が付いた。
【シャゲ…‥‥】
日に照らされ、周囲が明るくなったことで、ドーラは気が付いた。
先ほどまで、戦闘していたがゆえに、周囲の惨状が凄まじいものになっていたという事に。
バレたらバレたで騒ぎになりそうなので、慌てて自身の能力をフル活用して元の地形などに戻し、人などは通りかかる前に、すたこらさっさとその場から逃亡するのであった。
……なお、戦闘音までは気が回っておらず、しばらくの間、周辺地域では謎の怪音とし噂になったが、知らぬふりをしてごまかすのであった。
前半ちょっと甘め。後半渋め。
けれども、時間は過ぎていく。
さぁ、久しぶりの首都内観光なのだが‥‥‥
次回に続く!!
……なお、改良型物体Xが登場したが、実は密かにフィーア経由で第1王女に生産を依頼していたりする裏設定がある。果たして、これが表に出るのはいつだろうか…‥‥少なくとも、だまして依頼しているわけではない。料理本を見せて練習を誘っているだけである。うん、他意はない‥‥‥‥と思う、多分、おそらく、きっと…‥‥




