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誓い

次回の投稿は、2日後となります。

(そろそろだろうか……)


エレオラの居住地でもあり、鮮血の月の根城でもある洋館、その洋館にある執務室の扉の前で俺は待っていた。


先程のエレオラの部下が伝えた、一刻後の時は恐らくもう近いと思う。


すると、左側の廊下の方から、厳つい顔をした男達(部下達)を何人も引き連れた、顔に深い傷の跡がある、銀髪の女性の姿が見えた。


本来は、男が着るはずの白いシャツを着こなして、その上に、血のように赤いレザーコートを羽織っている、その女性は真紅色のハイヒールでカッカッカッと、大理石の床を蹴りながら、圧倒的な存在感を知らしめるように現れる。


その女性こそが、エレオラ


鮮血の月のボスだ。


エレオラは、だんだんとこちらに近づいてくる。


そうすると、離れた位置からしか見えなかった、彼女の姿がより鮮明に映る。


その巨躯から、"怪鳥"という渾名がつくほどの、女性にしては凄まじい体格がゆっくりとした勢いで迫ってくる。



そして、彼女はもう俺の目の前に来ていた。


エレアラは執務室の扉の脇に立つ俺を一瞥すると、身につけていた手袋を外して、ドアノブに手をかけた。


そして、部屋へと入る前にエレオラは再び、今度は俺と周りの部下達を見て言い放った。


「そこで待っていろ……」


朱色の口紅で赤石のように、繊細に彩られた唇から出た、その言葉は凍てつくように、酷く冷たい響きをしていた。


最初こそ、その声には鳥肌が立つほど震えていたものの、今では、それなりに耐性がついていたはずだったが、この瞬間、それがただの思い違いだったと理解した。


元は純白のように白かったであろう、エレオラの手袋は、夥しいほどの量の鮮血で赤く染まっていた。




それから、どれくらい待っただろうか、一刻前に何が起きていたかを想像していくと、額や脇、背中といった至る所から不快な脂汗が、流れてきた。


とにかく、こうして、ただ待っているだけの時間が異常に長く感じた。



「……入れ」


どっしりとした重厚な響きが、ドアの向こう側からしっかりと聞こえた。


突然の呼びかけにドキリとしたが、俺はすぐさまに心を落ち着かせて、ドアノブに手を置く事にした。


「失礼します」となるべく腰を低くして、静かに執務室へと入室する。


執務室の奥には、木彫りの長椅子に泰然とした姿勢で腰かけながら、葉巻を吸うエレオラがいた。


そして、その葉巻を持つ手に嵌められた手袋は、本来の色を取り戻したかのように、純白色だった。


俺は、心底ホットした。


すると、エレオラは葉巻を一度灰皿に置いて、自身の緑色に光る透徹した眼光を送りながら、入室してきた俺に言った。


エレオラの視線は、ただ揺るぎない緊張を誘うためだけに発せられたようで、そのような意図を何となく知っていても、俺にはこの時、針のむしろにいるような気分だった。


「ーー昨夜、私達の島が荒らされた」


突然、エレオラは自前の低い声でそう語り始めた。


その一言だけでも、室内はピリピリと緊張で満たされるようだった。


「……話せ。

知っていることだけでなく、今この時、貴様が意識した事全てを話せ。」


その言葉と共に、エレオラから放たれる眼光が、更に激しさを増したような気がした。


「い、いいえ。

すみませんが……思いたる節がひとつもありません。」


その目は、ただ相手の真意だけを見通す疑惑の目。


エレオラが尋問の時によく使う基本的な手段だ。

だが、しかし、一度あの殺気の帯びた燐光を浴びれば、何者も嘘をつくことを忌避するようになる。


呼吸ができなくなるほどの、凄まじい威圧がそこから放たれているのだ。


「地区の北、そこでボグを扱っているうちの組の下っ端連中が、何者かに襲撃された。

貴様が知っていることを話せ……」


ボグとは、鮮血の月が独占的に栽培している植物のことだ。


ボグの葉は燃えると、毒性のある独特な匂いを発し、人間がそれを取り込むと、精神的に高揚感とリラックス感を生み出すが、同時に目眩、喘息、吐き気及び、嘔吐などの中毒症状を引き起こす。


だが、特殊な加工を施すことにより、その毒素を取り除くことが出来る。


ただ、ボグは自然に生えていることすら希な希少性と、それ自体の栽培の難しさが故に、大変貴重である。


主に嗜好品として、貴族や豪商、富豪などの富裕層向けに売買される。


「いえ、昨夜は南の歓楽街の方で仕事がありましたので……

その事に関しては、一切、何も知りません。」


必死に、たが、緊張を悟られないように冷静な口調と声で俺はそう説明した。


「……」


だが、エレオラはまるで、俺からの返答が端からないものとして扱うように、眉根一つ動かさず、ただ俺の目だけを見つめて、沈黙していた。


「そうか……」


そのように、彼女が再び口を開く頃になると、あの恐ろしい双眸はどこかに消え去り、普段の淡々と俺に事務連絡をする時の冷静な瞳へと変わっていった。


その瞬間、俺は長年の桎梏から解かれるような開放感を感じ、心底安堵した。


「襲われたのは、ボグを管理している部下達ではなく、彼らが雇った売人の方だ。

昨夜のうちに、2人ほど殺されたが、今のところ当時を知る、めぼしい証人は出てこない。」


その言葉から察するに、目撃者すらいないというのだから、事件の発覚ももう少し遅いはずだったと思う。


荒くれ者、孤児、反社会組織、その他諸々の下衆の多いこの街では、そういう類の犯罪も珍しくはないからだ。



すると、驚いたことにエレオラは、その状況説明から続けるようにして、深い溜息を吐いたのだ。


そこが見えないほど深い、深い溜息。

その仕草に俺は一瞬、困惑した。


「売人の遺体を発見した時、彼らの衣服と所持していた、金銭と商品が無くなっていた。」


聞く限り、ただの強盗殺人だと俺は思ったが、一瞬逡巡して、すぐにその可能性を否定した。


いくら下衆と言えども、鮮血の月のビジネスを荒らすほど馬鹿な人間は、この街にそうそういない。


鮮血の月の報復は凄まじいからだ。


いるとしたら、新入りか野犬ぐらいだろう。


そうして思考を巡らせていると、エレオラは落ち着いた声で、俺に先の内容の続きを説明した。


「今朝、偶然、売人と同じ所持品を持ち歩いていた男を捕まえた。

しかし、残念だが……そいつらはただの死体荒らしだった。」


もはや、エレノアの声からは先程のような冷酷な音は微塵も感じられなかった。


対等に話している筈なのに、自分は、人以下の最底辺の存在だと思い込ませる強い暗示のようなものを相手に与える。


あの声は、そんな尋常ならざる凄みがある。


「今は、売人が殺されただけだ。

空きが出来たなら、また雇えばいい。

とりあえず……今回のことに関しては、こちらで処理するが、お前も何か情報を掴めたら、私に伝えろ。」


最後のその言葉で、俺は一応は何事もなく終わると思った。


だが、エレオラという人間がこんな簡単な事実報告だけで、終わらせるはずもなかった。


「ユーリ、最後にお前に一つ手土産がある。

持っていけ。」


今日初めて、俺の名を呼んだエレオラがそう言って渡したものは、ちょっと作りのいい木箱だった。


「せっかくだ。

それを今ここで開けて見せろ。」


「え、今ですか……?」


それに対して、エレオラの返事はない。


ただ黙って、俺の目だけを見つめるその姿は、「拒む事は許されない」という風にも捉えられた。


俺は、数度生唾を飲むと意を決した。


「こ、これは……」


俺は、箱の中を見るやいなや、震えが止まらなかった。


全身のうぶ毛が逆立つような震えが、ひたすら全神経に伝わっていく。


急に喉が、水だけでは潤すことの出来ないような渇きに襲われて、不快感に顔を顰めながら、再び生唾を呑んだ。


箱の中には、哀れにも、目という器から抜き出され、何ともおぞましい姿に変えられてしまった、生々しく血や赤い肉片残しながら、横たわる二つの眼球があった。


俺は、言葉が出なかった。


その時、俺の時間だけが切り取らてしまったように、俺は何一つ動かず、茫然と立ち尽くすほかなかった。



曖昧な思考の中、無慈悲過ぎるほど冷たく、淡々と伝えられた言葉があった。


「約束の期限まで、あと一年だ。

もし、一年後約束が果たせなかったら……

ユーリいや、ユリウス=バーグマンの生涯はそこまでだ。」


今のユーリという名は、昔エレオラに拾われた時に彼女から与えられた偽名。


それが今からちょうど、7年前のこと。


当時、孤児だった俺はエレオラとある約束を交わした


それは、この世の理不尽と無慈悲なまでの冷酷さに、憎しみ、呪った俺の激しい感情任せに出た、弱者の戯れ言である。


一年後、俺は400年続いたこのオルリンド王国を滅ぼさなけれならない。









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