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純心と母(5)

母親の話が終わると、

純心は一人で家から出掛けて行った。


すでに夜もかなり更けている、

いい時間であったが、

母親は特に何も言わなかった。


風にでも当たらないと、

このまま呼吸困難で、

窒息してしまいそうな気分だった。


母親もこの話を、純心がちゃんと消化して、

受入れられるようになるまで、

一人で考える時間が必要なことはわかっていた。

しかもそれはものすごく時間がかかることであることも。



純心はいつもの公園でボーっとしていた。


改めて考えてみると、

当事者であるにも関わらず、

どこか遠い世界の出来事のように思えた。


母の話だから、すべて真実なのだろうが、

何か不幸な絵本のお話でも読み聞かされたような気分だ。


純心は父親のDVの被害者であったにも関わらず、

それについても、まったく現実感がなかった。


それも自分の代わりに、小さい犬女ちゃんが

毎日殴られてくれたからだろうか。


毎日、成人した男性に本気で殴られ続ける、

それはどれだけの苦痛であろうか。

どれほどの絶望感であろうか。

今の純心には、それすらも想像がつかなかった。


それなのに自分を守るために、

身代わりになり続けてくれた、

その精神力はどれだけ強いのだろうか。


代わりに自分を差し出すことを

一度も考えなかったのだろうか?

そうすれば殴られなくて済んだのに。


どれだけ自分は大切に想われていたのだろう。


純心は失ってはじめて、

相手がどれだけ自分を

大切に想っていてくれたかを知った。


今の自分には想像も出来ないぐらい、

大切に想われていた、自分は。



犬とか犬女なんて、

誰にでもすぐ抱き着いて、

尻尾を振って甘えるものだと思っていた。


だから、だから、

まったく気づかなかった。

そんなに想ってくれていたなんて、

まったくわからなかった。


その気持ちに応えてやるどころか、

ちゃんとその気持ちに

向き合ってやることすらしなかった、自分は。



純心は泣いた。



そしてあの胸の下の傷。


もちろん自分が父親を刺そうとしたのも、

確かにショックだった。

それでも、小さい犬女ちゃんが刺されて、

怒ってキレたのが原因なのは唯一の救いだった。


今は思い出せないが、

当時の自分はそれぐらいに

犬女ちゃんを大切に想っていたのだ。


犬女ちゃんが自分を大切だと想ってくれたのと、

同じぐらいの気持ちで、

犬女ちゃんを大切に想ってあげていたのだ。

犬女ちゃんの本気の想いに、

本気の想いで応えてあげられていたのだ。



他の記憶はまだ思い出せないでいたが、

一つだけハッキリと思い出していた。


純心がすっと夏希だと勘違いしていた

幼い頃、ずっと一緒に居てくれた女の子の姿を。



ちくしょうっ!

ちくしょうっ!

ちくしょうっ!


なんで、なんで俺はこんな大事なこと忘れちまってたんだよ!


俺の小さい頃の、大事な、大事な、友達には


耳と尻尾が生えてたじゃねぇかよっ!!



夜更けの公園で、純心は大声を出して泣いた。






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