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純心と母(4)

純心が落ち着くのを待って、

母親は再び話を続けた。

母親ももうかなり落ち着いたようだ。


「その後、おばちゃんは、

あの子だけが生き甲斐になっちまってね。

おばあちゃんが、あの子の面倒を

見てあげてたんじゃないんだよ、

あの子がおばあちゃんを

支えてあげていたんだよ。」


おばあちゃんがどれだけ

犬女ちゃんを大事に可愛がったかは、

犬女ちゃんのおばあちゃん

大好きぶりを見ていればわかる。


未だにタンスの引き出しを開けて、

おばあちゃんに買ってもらった服の匂いを

嗅いでいたりすることもある。


「あんたもそうさ、

あんたがあの子の世話を

してあげてるんじゃないんだよ。

あんたがずっとあの子に

見守ってもらってるんだ。」



母親は再び煙草に火を着けた。

ツライ過去の話がようやく終わり、

いつもの母親に戻つつあるようだった。



「あんた、あの子を殴ったっていったね」


「あたしゃ思うんだよ。

それはあの子が、あんたに

他の人を殴らせないように、

自分を殴らせたんじゃないかってね」


「小さい頃にあんたをかばって殴られてたように、

他の人をかばったのかもしれないし、

あんたが他の人を殴っちまって、

あんたの心が傷つかないように、

あの子があんたに殴られてあげたんじゃないかってね」


その時の状況はよく思い出せないが、

そうなのかもしれない、と純心も思った。

これは本当に勝手な言い分だが、

今でもまだ少しでも許してもらえるのではないかと

思えるのは、犬女ちゃんだからだ。

それも自分のおごりであることは、

純心にもわかってはいたが。



「おふくろはなんでこの家に

俺を一人残して行ったんだ?」


以前から思っていたことを純心は聞いてみた。

『そんなこと言う学校なんて、辞めちゃいなさいよー』

学校よりも犬女ちゃんを選べと言わんばかりの母が、

自分より仕事を選んだ真意を知りたかった。


ただ、俺より仕事を選んだのか?

と聞くのも子供じみていたので、

言い方をあれこれ考えた結果の聞き方だった。


「ここしばらく、

あんた、あたしの顔見ると、

頭が痛くなってたろ?

あたしの顔を見ると、

忘れていた昔のこと思い出しそうになって。」


確かにそうだった。

純心は母親の顔を見ると、

頭が痛くなることが多くなっていた。

ただ純心本人は反抗期的なもので、

イライラしているから、

頭が痛くなっているのかとずっと思っていた。


「まぁ仕方ないことさね。

母親が頭から血を流している姿なんてこわくて、

思い出したくもないだろうよ。」


「だから、今はしばらく離れていたほうが

いいんじゃないかって思ってね…。

去年、旦那の仕事の話があったとき、

ついて行ったんだよ。」


正しい選択かどうかは置いておいて、

母親が自分のことを考えてくれていた

ことがわかって、純心は安心した。

と同時に自分がそんなことを

母親に求めていたことに気づいて驚きもした。


「あたしも心配はしていたんだよ。

あんた最近あの人に似て来ていたからね。

このままじゃあの人みたいな人間に

なっちまうんじゃないかって。」


「人とコミュニケーションがうまく取れなくて、

人間関係がきちんと築けなくて、

どこか人を避けているようで、

その癖頑固で、我儘で、頭に血がのぼりやすくて…」


母親はまだ純心の欠点を

言い足りないようであった。


純心はやはりショックを受けていた。

自分の逃れられない運命を

聞いたような気分でもある。


「だからね、

本当に不謹慎な話なんだけどね、

おばあちゃんが死んで

あの子の話を聞いたとき、

これはおばあちゃんが、

あんたを心配するあまり

あの子を遣わしてくれたに違いないって、

本気で思っちゃまったんだよ。

本当に不謹慎な話なんだけどね。」


「あの子と一緒なら、

きっとあんたはあの人みたいにならないで

済むんじゃないかって」


「あんたをかばって、

身代わりになってくれたあの子が、

そばにいてくれたら、

きっとあんたは自分の弱さを

克服出来る人間になれるってね。」


母親の犬女ちゃんへの信頼は絶大だった。

毎日、毎日、成人男性の暴力から、

身を呈して純心をかばい続けた、守り続けた姿を、

ずっと見ていたからであろうか。

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