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純心と母(3)

母親は何度も煙草に火を着け、

吸っては、消す、を繰り返していた。

スカートから出ている脚を

何度も組み替えたりもしている。


母親にとっても、

話すのがツライのだろうと、純心は察した。


純心も何度もお茶を飲んだり、

深呼吸を繰り返したりしていた。



「あの子はあんたが殴られそうになると、

あんたをかばってね

あんたの代わりによく殴られてたよ。

いつもあんたの身代わりになってくれてたんだよ」


小型犬をかばうために、

大型犬に立ち向かおうとした光景。

どこかで見たことがあると思っていたが、

あれは自分のことだったのだ。

あの小型犬が自分だったのだ。


純心の目からはいつの間にか涙が流れていた。



母親は話を続ける前にためらった。

相当にツラそうな顔をしていた。

あの気丈な母が泣きそうな顔をしている。

純心は覚悟しなければならなかった。

それだけの話であると。


「あの人が包丁を持って暴れていたときだよ…」


「もちろんあの人に刺す気なんて

なかったんだろうけどね。

振り回した包丁が

あんたに刺さりそうになってね。」


「あんたをかばって、

あの子が代わりに刺されたんだよ…」


「あの子の左胸の下に今でも傷があるだろ?

あれはそん時あんたをかばって刺された傷だよ」


純心はもうそれ以上は聞きたくはなかった。

思い出せないが、体が明らかに拒絶していた。

頭が激しく割れそうに痛くなった。


「あの子が刺された瞬間、

今まで溜まっていたものが、

一気に爆発したんだろうね…。

堪え切れなくなっちまったんだろうね…。

あんた壊れちまったんだよ…」


母は嗚咽を漏らした。


「あの子が刺された包丁を手に握りしめて、

あの人に向かっていったんだよ、あんた…。

まだ年端もいかない子供だってのに…」


過去に経験した覚えがあると思っていた暗い感情、

純心の中で激しく暴れ回ったどす黒い衝動は、

すべてこのときのものだった。


純心は頭が真っ白になった。

茫然自失、しばらくは何もわからなかった。



「あたしはそれを見た瞬間、

血の気が引いて真っ青になっちまったよ。

そして、何もかもが一気に醒めたよ。」


「このままじゃいけない。

このままじゃ親子で殺し合いを

するような家になっちまうって」


母親はそこまで話すと、

一旦話を止めて呼吸を整えた。

母親もまたツライ過去を思い出して、

過呼吸気味になっていた。



「その後、

すぐにあんたを連れて、

あの家を出て行ったんだよ」


「本当はあの子も

連れて行ってやりたかったんだけど、

おばあちゃんに後生だから

連れて行かないでくれって、

泣いて頼まれてね。

あたしも泣く泣く置いていったんだよ

その後、あの子がどんな目にあったか…」


母親はハンカチで涙を拭った。



「あたし達が家を出て、再婚してから、

おばあちゃんから連絡が来てね…」


「あの人が自殺したって。

首を吊って死んでたそうだよ…。

あの子は、首を吊って死んでるあの人を、

そばをずっと動かずに、見上げていたそうだよ」


母親は悲しげに、せつない顔をして泣いていた。

別れたとは言え、一度は夫婦になった相手である、

この部分に関しては、

純心以上に複雑な感情があるのだろう。


純心が落ち着くまでには時間が必要だった。


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