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純心と夏希の告白(2)

「あのね、あたし、純心に言わなきゃいけないことがあるの…。」

「純心に謝らなきゃいけないことがあるの…。」



「あたしの家ね、引っ越したことないの。

ずっと昔から今の住所のままなの…。」


純心ははじめ、夏希が何を言っているのかわからなかった。


「だから、純心のおばあちゃんにも会ったことないの…。」


そんなはずはない、自分の記憶の中では、

自分はいつも夏希と一緒で、おばあちゃんも居た。


「純心にね、あたしがはじめて会ったのは

純心が転校して来たときなの…。」


「…俺の記憶が、間違っているのか?」


にわかに純心には信じられないことだった。


「ごめんね、本当にごめんね…。」


夏希は純心の方を向き、泣きながら謝った。

何度も。


「私とおかあさんね、

純心のおかあさんに、

純心は昔ツライことがあって、

昔のことを忘れてるから、

純心が昔の話をしたら、

黙ってうなずいて聞いてあげて、

って言われてたの…。」


確かに夏希のほうから、

転校以前の昔話をして来たことはなかった。


ツライ記憶。

純心にはまったく思い出せない。


自分の過去の記憶が、

おばあちゃんと夏希のことしかない、

偏ったものだったから、なにかがおかしいと、

ずっと思ってはいた。


だが覚えているはずの記憶まで、

間違った記憶だとなると、

一体自分は何者なのかすらわからなくなってくる。


「あたし、本当のこと言ったら、純心との今の関係が

壊れちゃうんじゃないかと思って、こわくて、こわくて、

今までずっと言い出せなかったの…。」


「本当にごめんね…。」


すべてが、すぐには受け入れられない、

理解出来ない話だった、純心には。


ここから先は黙って夏希の話を聞くしか

純心には出来なかった。



「でも、犬女ちゃんがいなくなちゃったって聞いて、

あたし、やっぱり本当のこと言わなきゃって思ったの…」


「このままじゃ、犬女ちゃんが可哀想だから…」


夏希は泣きながら続ける。


「あたし、一目見てわかったの…

この子が、純心があたしと勘違いしてる子だって…」


『俺が、夏希とあいつを、勘違いしていた?』

「だって普通の犬女って、

デリケートだから、そんなすぐに懐かないんだよ。

でも犬女ちゃん、まるで昔から純心のこと

知ってるみたいだったもん」


そう言えば、初日からいきなり俺の布団の中に、

入って来るような奴だった、と純心は思い出す。


「純心も、あたしと犬女ちゃんが

似てるって、言ってたじゃん」


確かに二人が一緒にいるとき、よく似ていると思った。


「純心の記憶の中で、犬女ちゃんはあたしで、

本当は、小さいあたしは犬女ちゃんだったんだよ」


もし夏希が言う通りだったとして、

なぜ自分がそんな小さい頃から

犬女ちゃんを知っていたのか、

今の純心には思いあたることがなかった。


「このままだと、犬女ちゃんが可哀想過ぎるから、

純心の思い出の中で、あたしが犬女ちゃんに、

なりすましているわけにはいかないの」


夏希は再び純心を見つめる。

その瞳からは涙が溢れている。


「お願い、もう一度犬女ちゃんに会ってあげて、

犬女ちゃんを探してあげて」


まったく話を消化出来ておらず、

すべてが受入れらない純心だったが、

夏希の話を聞いていて、

何か記憶が甦りそうで、頭が痛くなった。

しかし今は暗い感情はまったくなかった。


自分にとってはわけが

わからない状況下でも、

夏希の気持ちを気遣うことが

出来る優しい純心でいられた。




「教えてくれてありがとう、夏希」


夏希が嘘を言うとは思えないから、

自分には何か隠された記憶があるのだろう。

その過去と向き合わなくてはいけないときが、

来たのではないのか、純心は思う。


「今はまだよく思い出せないけど」


「どんなことがあっても、俺達は兄弟のようなもんだ」


夏希は純心の言葉が嬉しくて、

思わず純心に抱き着いてしまった。


「そこは姉か妹でしょ」


泣きながら笑い、そう言う夏希。


「別に兄弟のようじゃなくても、

今のあたしとの関係を大切に思ってくれるなら、

それでいいの…」


夏希は目をつぶって純心に囁いた。


そう、幼少期が自分の記憶と

違っていたとしても、

これまで自分の心の支えだった

夏希の存在は変わらない。


他人を傷つけることをおそれ、

他者と関係を築けなかった純心が、

唯一人間関係を築けたのが夏希であり、

それは過去がどうであろうと変わらない。

と思う純心だった。



そして、純心は犬女ちゃんを探し、

過去の自分の記憶と向き合う決意を固める。

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