表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
43/233

犬女ちゃんと別居(2)

犬女ちゃんが、

家からいなくなって数日。


純心は思う、

この家はこんなに広かっただろうか、と。


あいつがいたときは、

もっと家が狭かったような気がする、と。


人間と同じぐらいの大型犬が、

室内を動きまわっていたのだから当然か、

と思うと純心はなんだか少しおかしかった。



家の中が妙に静かに感じた。

テレビを着けて音量を大きくしてみても、

どこか静かだと感じる。


人の気配がないからだろうか。

あいつの場合は、人ではなく犬女だが。

自分以外に人の気配がないから、

どんなに機械の音を出しても

静かだと感じるのだろう。



四月にあいつが家にやって来るまでは、

自分がこんな生活をしていたのかと思うと、

なんだか驚いてしまう。

どうやって一人で暮していたのか、

思い出せないような気がする。

そもそも自分は、

物事を忘れやすい性質では

ないだろうかとも思う。



あいつが毎日一緒で、

いつもそばから離れなくて、

夏希とお嬢様が

よく遊びに来てくれて、

この数か月は、

なんだかにぎやかで楽しかった。


家族との思い出が

あまりない自分としては、

家族で暮していると

こんな感じなのだろうかと

思ったりもしたものだ。


だが楽しいことは、いつまでも

続かないものなのだろう。



最初は寂しくても、

そのうち時間とともに、

いい思い出に

変わっていくのだろう、きっと。


まるで別れた女を

忘れる方法みたいだと思う。

自分は女子と別れるどころか、

付き合ったこともないのだが。

そう思うとなんだか

またおかしくなる純心だった。



あいつだって、

いつかそう思うようになるだろう。


新しい家族と幸せに暮せば、

いつかここでの生活も、

楽しかった思い出に

変わって行くだろう。


おばあちゃんとの暮らしが

そうであったように。



純心はそう思っていた。





いつかおふくろは言っていた。


「そんなこと言う学校なんて、

辞めちゃいなさいよー」


今ならその気持ちが、

少しわからなくはない。


あいつとの生活と、

学校のどちらかを選べ、

というのは確かにろくな話でない。


ただ学校を辞めてまで、

あいつを選ぶというのは、

自分にはよく理解出来ない。


あいつはそれほど大事な存在なのか?


おふくろですら、

自分より仕事を選んで、

離れて暮していると言うのに。




その母親が言ったことの

意味を理解するには、

純心が知っている世界は

あまりに狭かった。


大人であれば、

家族のために、

今の仕事を辞める

ことを選ぶ人も少なくない。

それはまだ他にも

無数に選択肢があることを

知っているからだ。


だが、純心は

家と今の学校だけが、

知っている世界の

すべてだった。


だから、そこから

学校が無くなることを

ひどく恐れたとしても、

仕方ないかもしれない。


だがらこそ、こんなことで、

ここまで自分を追い詰めるのだった。



そして犬女ちゃんと、自分との絆を、

純心はあまりにもわかっていなかった。




他にも、純心はいくつかの

思い違いをしていた。


犬女ちゃんに、

いつかきっと

楽しい思い出に変わるだろう、

というような思考はない。


犬女ちゃんの思考は

もっと単純だ。


だがそのシンプルさ故に、

純粋な心の強度は、

人間の比ではない。


純粋な心の練度が

まったく違うのだ。


純心は犬女ちゃんの家族愛の強さを

まだよくわかっていなかった。




犬女ちゃんがいなくなって、

家の中が静かなことに、

少し寂しさを感じていた純心。

もう過去のことだと、

自分の気持ちを整理しようとしていた。


しかし静かになったお陰で、

期末試験の成績は、

いつも以上によかったようだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ