犬女ちゃんとお花見
よく晴れた空が
桜色に染められる、
そんな季節。
もうすっかり春の彩り。
桜はすでに満開で
ちょうど今が見頃、
お花見にはいい頃合いだ。
純心が犬女ちゃんに
出会ったのも
ちょうど一年前、
桜が咲いている頃だった。
そのとき純心は
再会だと気づかすに
はじめての出会いだと
思っていたのだったが。
犬女ちゃんは今日も元気だ。
元気に公園の桜の下を
嬉しそうに走り回っている。
崖の下に落ちて負ったケガは
野生の驚異的な回復力で
あっという間に完治してしまった。
そのあまりの治りの早さには
純心もただただ感心するばかり。
そして、先日ついに犬女ちゃんは
介助犬と同等レベルの資格認定を
取得することが出来た。
これでもう犬女ちゃんが
電車やバスの交通機関に乗るために、
公共機関に出入りするために、
人間に変装する必要もなくなる。
今後はイオちゃんに変身することも
そうそうなくなるだろう。
犬女ちゃんは晴れて
ありのままの犬女ちゃんとして、
これから本格的に人間社会に参加して
暮らして行くことになる。
それが犬女ちゃんにとって
本当にいいことなのかどうかは
純心にもまだよくわからないが、
選べる選択肢は多ければ多いに
越したことはないだろう。
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純心もいよいよ高校三年生、
これからは受験生として
勉強にも励んでいかなくてはならない。
相変わらず将来何になりたいとか、
どうして行きたいとか、
はっきりとした夢というものは
持っていなかったが、
全国行脚の際に日本全国各地の
犬女伝承を調べたりしたこともあって
民俗学に興味を持つようになったし、
老人ホームの職場体験から
福祉関係にも興味を持つようになった。
進路はどちらかの分野を学べるような
大学に進めればいいかな
ぐらいには思っている。
やはり先日、母が純心の
大学受験に合わせるようにして、
海外から日本に帰国して来ていた。
いつもの女子メンバー達も集まって
母がいなかった期間の話をすると
「あんた達は、あたしがいないと
いつもトラブルばかりで困ったもんだね」
そう言って純心と犬女ちゃんを抱きしめた。
やはりお年頃のせいもあり純心は
母に抱きしめられたりするのは少し恥ずかしい。
特にいつもの女子メンの前では
本当にやめて欲しいと思ったりもする。
愛ちゃんがすっと気にしている
一夫多妻制のハーレムの話を母に訴えかけても
「ははは、そりゃいいね、
こんなにたくさん
美人の娘が出来たら
そりゃあたしも嬉しいってもんさね。
あたしが行った国にも
一夫多妻制の国がいくつかあったねえ、
ひとりの旦那さんに何十人も
奥さんがいるって人もいたよ。
なんだったら
今すぐ結婚してもらっても
あたしは一向に構わないんだよ」
母の豪快な爆弾発言に
また涙目になってしまう愛ちゃん。
母の豪快さは相変わらず健在のようだ。
純心が将来結婚出来るのかどうか
気になって仕方がない、心配している
ということだけは間違いなさそうだ。
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今日はみんなが集まって
お花見をすることになっているため、
純心と母と犬女ちゃんで
その会場へと向かう。
本日のお花見は
何百人規模で人が集まるため、
気軽にその辺りの公園などで
開催することも出来ず、
お嬢様家の私有地にある
桜の園で行われることになっていた。
桜の園はその名が表す通りに
百本以上の桜の木が植えられており、
青い空がまるで桜で
埋め尽くされているようにも見える。
そして会場に集まった何百人の人々は
みんな犬女ちゃんと純心に
縁がある人々ばかりだ。
それもそのはず、これは
犬女ちゃんの快気祝いを兼ねた
お花見なのだから。
この間、犬女ちゃん探しを
手伝ってくれた人々は
ほとんど招待していたので
やはり何百人という人数になる。
純心のクラスメイトをはじめとする
在学生や卒業生、先生達、
さらに地元の町内会、商店街の人々、
いろんな人達がこのお花見に来ていた。
秘密結社『大学関係者』の
日本各地の支部メンバーも、
昨日東京で秘密結社の総会があったため
そのついでにと
今日のお花見に参加している。
まぁどうやら母が無理矢理
秘密結社の総会を
この日に合わせたらしいのだが。
それでも支部メンバーも
犬女ちゃんと純心に
また会えることが出来て嬉しいと
喜んでくれてはいた。
クリスマスパーティーで
お世話になった老人ホームの
おじいちゃんおばあちゃん達、
養護施設の子供達も招待されている。
おじいちゃんおばあちゃん達は
仲良くなった子供達との再会を
涙を流して喜んでくれていた。
そのおかげで大型観光バスを何台も
手配することになってしまったのだが。
このお花見には
犬女ちゃんと純心の一年間、
そのすべてが詰まっていた。
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犬女ちゃんとその愉快な仲間達は
例によって、演奏やダンス、漫才など
この一年間で培った芸を披露し
宴の場を盛り上げる。
犬女ちゃんもこの一年で随分と
芸達者になってしまったものだ。
盛り上がった秘密結社のメンバー、
お嬢様のお父様や生徒会長のおじい様、
大の大人達が次々と宴会芸をはじめる。
純心は母がまた全裸になったりしないか
心配で仕方がない。
『あんた達一応エライ人なんだからさ』
とにかく
お花見参加メンバーは
飲めや歌えやの大騒ぎ。
もちろん未成年者は
ジュースやウーロン茶だが。
まさに桜の下で行われる乱痴気騒ぎ。
こんなに騒いで大丈夫なのかと
少し心配になるぐらいの馬鹿騒ぎぶり。
『桜は人を狂わせると言うしな』
『まぁ、ここは私有地だし、いいのか』
純心はそんなことを思いながら
桜の園の宴をみんなと一緒に楽しんでいた。




