犬女ちゃんと職場体験(2)
おばあちゃん達は犬女ちゃんを
ひたすら「可愛い、可愛い」と
可愛がってくれていたが、
おじいちゃん達は若くて可愛い娘姿に
平静を装いつつも色めきだっていた。
みなしてデレデレと
鼻の下を伸ばしながら
なにかあるとすぐ
「犬女ちゃん」「犬女ちゃん」
と犬女ちゃんを呼んだ。
「犬女ちゃん、
ちょっとあれ拾ってくれないかなぁ、
落としちゃったんだけど、
腰が痛くてかがめなくて」
爺さんはそう言い訳しながら
廊下に落ちている
ハンカチを指さした。
犬女ちゃんは上半身を折って、
口に咥えて拾おうとする。
「おぉっ」
その瞬間に見える
胸の谷間をじっと見つめて
デレデレするおじいちゃん一同。
『わざとハンカチ落としてるだろ!』
中にはもっとストレートに
犬女ちゃんのお尻を触って、
一番柔らかい肉球の部分で
頬っぺたをペシペシされている
お爺ちゃんもいた。
さすがにペシペシは
文句のひとつも
出るかと思っていたが。
「犬女ちゃん、まだ若いのに
いいプレイ知ってるじゃないか、
もうちょっと強く叩いてもいいんだよ?」
単なる変態ジジイだった。
というか、おじいちゃん
人生経験豊富過ぎ。
性的な意味で。
若年から壮年層ぐらいまでの
犬女ちゃんへの
セクハラは許せないが
これぐらい高齢の年寄りで
笑って済ませられる程度だったら
なぜか純心も許してしまう。
失礼な話ではあるが
生きてる証、まだまだ元気な証拠。
だからむしろそっちに安心するのだろう。
エロなんて生物として
まだ元気であればこそで
本当に具合が悪かったり、苦しんでいたら
もはやそれどころではない。
しかし
沖縄のシーサーちゃんと
暮らすエロ爺と言い、
人間のオスは年を取ると
みんなこんな感じなのであろうか。
エロに対して
恥じらいがないというか、
さすがに性的な人生経験が
豊富な人達というか、
自分も年を取ったら
あんな感じになるのだろうかと思うと
やはりあまり大人になりたくない
ような気がして来る純心だった。
-
「若い人が来てくれると
ここの人達も元気になるわ」
純心がお手伝いしている
三十代ぐらいの女性介護士さんが
そんな光景を見ながら呟いた。
純心は若い男手として
女性や年寄りばかりでは
普段出来ないようなことを
手伝うことが出来るので
結構重宝されていた。
今ちょうどここでは
若い男性介護スタッフが
足りていないということで
重いものを運んだり、動かしたり、
高い所に登って修理したり、
そんな若い男子向けの仕事が
結構あったのだ。
「クリスマス向けの飾り付けも
手伝ってもらったけど、
実際お年寄りだけだと
クリスマスもどうも今一つ
盛り上がらないのよね」
それはそうだろう、
日本ではクリスマスは
どちらかというと
子供向けのイベントであり、
それ以外だと
カップルが『聖夜』を『性夜』に
文字を置き換える日だと
相場が決まっている。
お年寄りだけで
クリスマスと言ってみても
みんなで集まって
ケーキを食べるだけの
ケーキ試食会みたいに
なるのが落ちだ。
そう思いながらも、
純心は梯子に登って
クリスマス向けの装飾を
室内天井に付ける手伝いをしていた。
問題なのは
おじいちゃん、おばあちゃんが
楽しいクリスマスを望んでいるか
ということだろうか。
クリスマスは若い者のイベントだから
それこそ年寄りの冷や水、
と考えているなら
それはそれでいいだろうと純心は思う。
純心も死んだ
おばあちゃんが大好きだったし、
少し気になるところではあるので
ちょっと聞いてみる。
「そりゃ、孫達と一緒に
暮らして頃みたいなクリスマスも
楽しくていいなぁとは思うわね」
純心が一番弱いタイプの
答えが返って来るだけだった。
-
犬女ちゃんはマスコット的に
可愛がられるだけではく、
お年寄りの話し相手になって
メンタルケアしたり
癒してあげることも出来た。
もちろん犬女ちゃんは
喋ることが出来ないが、
お年寄りが話している合間に
あいづを打つように鳴いたり
頷いてみせたり、
さも相手の話を聞いて
理解しているような仕草を見せる。
少しボケて来てしまっている
あるおばあちゃんは、
犬女ちゃんのことをずっと
孫娘の名前で呼びかけ、話し続け、
犬女ちゃんはそれを
否定することもせずに
ずっと話を聞いてあげていた。
小さい頃から今年の春まで
死んだおばあちゃんとずっと二人で
暮らしてきただけあって、
犬女ちゃんはお年寄りの相手が
バツグンに上手い。
動物によるお年寄りの
精神的苦痛の緩和ケアなどは、
通常『癒し』として
一言で片づけられてしまうが
アニマルセラピーとして
医療者からも認められている。
当然ながら犬女ちゃんにも
同じ癒し効果があった。
いやそれ以上かもしれない。
やはり人の姿、とりわけ
可愛らしい少女の姿というのは
お年寄りのメンタルに大きく影響した。
将来介護の現場で
活躍が期待される
人型AIロボットが、
機能面よりもメンタル面を重視して
人型であるように、
人の姿が与える心的影響は
大きいのかもしれない。
もうひとつ、
犬女ちゃんは二本足で立って
足の悪いお年寄りに肩を貸して
支えてあげることも出来た
杖を持った足の悪いお年寄りが
移動しようとすると
犬女がそばに寄って行き
二本足で立って
そっと肩を貸してあげる。
そんな優しくて気が利く
可愛い犬女ちゃんだから
老人ホームの
おじいちゃん、おばあちゃん達にも
すぐに気に入られ可愛がられ、
愛されるようになる。
純心はそれを見て思う。
もし万一自分が
不慮の事故か何かで
死んでしまうようなことがあったら
犬女ちゃんにはこういう場所で
心優しい人達に囲まれて
愛されながら暮らして欲しい。
本当に自分の傲慢だと
わかってはいるのだが、
新しく自分の代わりとなる
パートナーと一緒に暮らすのではなく、
こういうところで
みんなに可愛がられて
幸せに暮らして欲しいと。
確かに、妻を一人残して
先立ってしっまった旦那が
残された未亡人に対して
この先死ぬまで一生
お前は再婚するなと
言っているようなものであり、
傲慢も甚だしいのが、
まだ高校生の若い純心は
わかっていても
そう思ってしまうのだ。
-
犬女ちゃんの職場体験は
何事もなく無事に終了。
おじいちゃんおばあちゃんは
犬女ちゃんと純心を
泣きながら見送ってくれた。
犬女ちゃんも少し寂しそうだったし、
純心にはクリスマスのことが
少し心に残っていた。




