犬女ちゃんと電車(1)
純心は思案していた。
何とか犬女ちゃんを
電車に乗せることが出来ないものかと。
結局、母を空港まで見送った帰りも、
タクシーに乗らざるを得ず、
わかっていたことではあるが、
余計な出費となってしまった。
車の運転が出来ない高校生が
遠くまで移動しようと思えば、
電車に頼るしかない。
しかし犬女ちゃんは
電車に乗ることが出来ない。
今のところ犬女ちゃんと、
遠くまで一緒に出掛ける手段がないのだ。
法律的には、十八歳になれば
免許を取得出来るが、
学校では在学中の免許取得は許されていない。
つまり学校を卒業するまで、
純心は免許を取ることが出来ないのだ。
高校卒業まで待てばいい
と言えばそれまでだが、
犬女ちゃんの行動範囲、
世界が広がっている今、
もっといろいろな
ことを試してみたい
という気持ちが純心にはあった。
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「盲導犬とか介助犬とかと
同等の資格認定をしてもらえれば、
犬女さんでも電車にも乗れるようですよ」
やはりお嬢様はそういうことには詳しかった。
「まぁこの際、
都会の混んだ電車に乗るのは諦めるとして、
せめて田舎のガラガラの電車ぐらいには
乗せられるようになればなぁ」
さすがにいくらなんでも、混んでいる
東京の路線に乗せようなどとは
純心も思ってはいない。
「小型犬だとゲージとかに入れれば、
手回り品として乗せることが出来るよねー」
夏希は小型犬を飼っているだけあって、
その辺りのことはよく知っているようだ。
「まぁ、
犬って手回り品扱いなのですね。
では犬女さんも荷物扱いで、
乗れたとしたら、
網棚とかに乗ってもらうんことに
なるんでしょうかね」
お嬢様は冗談のつもりなのか、
本気で言っているのかわからない。
いくらお嬢様に好意を抱いている純心でも、
たまに、なんだこいつは、と思うことがある。
お嬢様は時々浮世離れしたことを言い出す。
ご令嬢だけあって、
庶民のことを知らないのか、
もしかしたら電車に乗ったことすら
ないんじゃないかと思える。
電車の網棚に大きな生き物が乗っていたら、
下に座っている人はたまったものではない。
安心して座っていることなどまず無理であろう。
それが見た目は、
胸の大きい人間の美少女が網棚に乗っていた日には、
電車の中が一気にあやしいピンクの風俗店みたいに
なってしまうではないか。
「いや、あ、網棚はないんじゃないかな」
「そうですか、
それでは純心さんの膝の上はどうでしょうか?
席に座った純心さんの膝の上に、
人間と同じ座り方で、座らせてあげれば
いいんじゃないでしょうか?」
男子高校生である純心の膝の上に、
ほぼ成人女性サイズの犬女ちゃんが座る。
小さい子供ならまだしも、
今どきどんなバカップルでも、
そんなことはしない。
公共の場でそんな、男女関係の深さを
いちいち周囲にアピールする輩などさすがにいない。
なんとなく察した夏希は、
顔を赤くしている。
「そ、そうやって膝の上に座るのは、
ど、どうかなあ」
純心はお嬢様が根本的な間違いに
気づいてくれることを期待する。
「では、向かい合って
抱っこみたいにするのはどうでしょう?」
『違う、そっちじゃない』
『もうそれ公然わいせつ罪で捕まるレベルだから』
『大人が大好きなピンクのお店みたいになってるから』
どうやらお嬢様は対面座位という言葉を知らないようだ。
「ちょっと、お前説明してやれよ」
純心が小声で夏希に言う。
「嫌よ、恥ずかしいじゃない」
夏希は顔を真っ赤にしてもじもじしている。
「女が男の上に乗るとか
そんな風に乗るとか、いろいろまずいだろ」
「乗る、乗る、って言わないでよ、もう!」
夏希の反応も多少意識し過ぎなようだが、
そこはお年頃だからだろう。
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「海外とかだと、
大型犬を大きなバックに詰めて、
荷物として持ち込む人もいるようだよ」
ネットを調べていた夏希が
驚くようなことを言う。
「海外だと、電車やバスに大型犬を
そのままリードもなしで
乗せる人もいるって聞きましたわ」
お嬢様も海外在住のお友達に
聞いた話をしてくれた。
「ずいぶん自由だな、海外」
「運賃はさ、悪いから二人分払っておくということでさー」
「とりあえずやってみればいいじゃん」
相変わらず夏希のノリは軽い。
「大きなバックに入れて、
荷物として持ち込むって言うけどさ。
あいつ一体何キロあると思ってるの?」
犬女ちゃんは
ほぼ成人女性並みのサイズだから、
体重も二十~三十キロというわけにはいかない。
荷物としてバッグに入れて持ち込むのは、
純心にも相当の労力が必要となる。
「アイスクリームの食べ過ぎで
最近体重増えたみたいだし」
「純心さん、女性の体重の話を
するなんて、失礼ですわよ」
犬女ちゃんはお嬢様の意見に賛同しているのか、
純心に向かってワンワン吠えて、
ぷんぷん怒っているようだ。




