12 竜印
12 竜印
「人間が初めてこの世界にたどり着いた時。
竜たちはやって来た人間達をちっとも綺麗とは思わなかった。
毛も鱗もない、気持ち悪い生き物だって。
でも、人間は一緒に馬を何頭か連れてきていた。竜はその馬達を、綺麗だと思ったのよ。
綺麗な生き物。守って、増やしてやりたい。
竜の気持ちはそれで動くの。
馬の姿をとって、竜珠を与え、交尾し、強い子供を造ってやった。
この世界のどんな生き物と交尾するのと同じように。
ほんの数頭しかいなくて、そのままでは血が濃くなりすぎて滅びるかもしれなかった馬達は、竜の血を受けた強いリーダーに導かれ、人間の減った活動期に野性に帰って増えていった。
平原に馬の群れが自由に駆け回るようになった頃。
竜と馬の間に、ただ一頭、竜印を持った子馬が生まれたの」
「竜印・・・」
竜王シルヴァーンの額に輝く水晶のような印。
ルオーは幼児の額に描いてやるお守りの印を思う。
ライラは自分の額の、血のように煌めく印を指さす。
「竜が他の生き物と交わって生まれる子は相手の姿。竜が生まれることは絶対にない。
でも、その子馬だけは竜だけが持つ印を持って生まれてきた。
大騒ぎになったそうよ。
異世界から来た者を皆殺しにしろとか、過激な話も出たみたい」
「異端のその子はすくすく育っていった。
そして乳離れが済むと、その竜印は形を変えて伸び始め、見事な角になったの。
それがホーン。ただ一頭の、竜印を持つ馬。
竜の血をひくことをその身で体現した唯一の生き物。
ホーンが生まれたので、竜達は秩序を崩すかもしれない異世界の生き物と交わるのを避けるようになった。もちろん人間ともね。
ま、そんな趣味の悪い奴はその頃はいなかったけど。
ホーンは言葉を話せなかったけど、すごく頭がよかった。
ホーンに守られて馬達は増えていき、初めは人間達ともうまくいってた。
ホーンは人間の子供達を可愛がり、小さな女の子と恋に落ちたとも言うわ。
普通の馬と違って、何年たってもその白く美しい姿は変わらず、歳を取らなかった。
寿命は竜と同じくらい長いかも知れないって思われてた。
でも、次の休息期。
竜達は眠りにつき、人間達が増えていった。
生活が安定した人間達はホーンを見て、誰かが言ったの。
『あの角は不老不死の薬だ』って」
ライラはふんと鼻をならす。
「馬鹿な話だわ。
ホーンはただ一頭きりで、その角は生身の身体にくっついてるのよ。
なんでそんな効用があるってわかるわけ?
でも、人間達はそれを信じてホーンを狩ったの」
ライラは静かに続ける。
「ホーンは休むことなく狙われ、追われ続けた。
どんな出来事だったか、もう、誰も知らないけれど、最後には、沢山の馬と、狩人と、ホーンが愛した少女と子供達が死んだの。
そしてホーンは姿を消した。何百年も前に」
ルオーは眼を閉じた。
絶対に手を触れることを許してくれなかった、あの美しい生き物。
人間を憎んで、激しく憎んで、それでも僕を助けてくれた。
「ホーンなら、竜の匂いをつけた子供が怪我をして死にかけていたら、きっと助けてくれたと思うわ。
それがたとえ人間の子供でもね」
「いいえ、ライラ」ルオーは静かに言った。
「シルヴァーンの匂いがしていなくても、彼は僕を助けてくれたでしょう。
たとえ憎い人間の子供でも」
「効力があるのはホーンの角じゃなくて、俺達竜の血のほうだな。
秘密にしとけよ、これは。
人間共に竜狩りなんぞやられちゃたまらねぇからな。それこそホーンの二の舞だ」
『・・・シルヴァーン・・・』ルオーはそっと呟いた。
シルヴァーンを失った後の数年間。
死ぬほどの傷を受けたことが何度もあった。
もう助からぬと捨てられ、それでも生きのびた。
シルヴァーンが守ってくれていた。
離れてからも、ずっと。
僕の竜王様の力で、僕は今、生きている。
「ライラ、おまえさん、これからどうする?
シルヴァーンを探すのは交尾するためだったろ。
血が合わないとなったら・・・」
ライラはぎろりとレイヴンをにらみ、歯を剥いた。
「何でこれをほっとけると思うわけ?
最強最大の竜王が、あんな怪物の手に落ちてるのよ。
あたしは絶対にルオーの味方する。
ルオーは囚われの姫君を求めて探索の旅を続ける、悲運の王子なんだから」
「王子には違いないが、誰が姫君だ、誰が」
少女の日記とおとぎ話の本で育てたライラの知識は、とんでもなく趣味に走ったロマンチックなものだった。
「王子と言えば」
レイヴンは思い出した。
「俺たちを探して、宿に兵士たちがやって来てた。
セネカがチクったんだろうが、奴らはな」
ルオーをちらと見る。
「前の王家の生き残りを探してたんだよ」




