4 北の地 その4
4 北の地 その4
さっきの行列は、高貴のお方が湯治にお出かけだったらしい。
「この地の湯にはいろいろな効能があってのう。
美肌効果、延命効果、怪我や皮膚病の治療効果と、いくつもの湯治場が出来ておる。
効果の高い湯は王侯貴族方の独占じゃが、街中の湯でもけっこう良いものがあるぞ」
宿の主人が説明する。
庶民の住む区域にも共同浴場がいくつかあって、安く利用できるのだそうだ。
しかし竜たちには不評だった。
「本体でゆっくりつかるならともかく、こんなに気を凝縮してたら、あっという間に茹だっちゃう」そうなのだ。
体温調節が難しいらしい。
竜一頭がゆったり体をのばせる湯治場なんて・・・ちょっとないだろうなぁ・・・。
ルオーも共同浴場は敬遠した。
剣闘士時代の身体の傷跡のせいだ。
傷にきくかもしれないが、人目が困る。
しかし、宿の主人に湯を頼むと、両手に手桶を下げてきた頑丈そうな女将は、フードを取ったルオーを見てはっと息を呑む。
「・・・ようこそ、ごゆっくり・・・。
あなた、お若いのねぇ。おいくつ?」
手を持ち上げようとして降ろしたり。頭を撫でたがっている?
「ああ、ごめんなさいね,馴れ馴れしくして。
別れた息子によく似ていたものだから」
なんだか涙ぐんでいるようだ。
「息子さんはご旅行に?」
「いえ、いえね・・・兵役についているんですよ。
もう七年も会っていないので・・・」
「七年も!休暇とかないの?」
「おい!」
後ろにあらわれた宿の亭主が、女将の腕を引いた。
「お客さんにご迷惑だ!さっさと台所へ行け!」
あっけにとられている三人をちらりと見て、言い訳がましく言う。
「すんませんね、女房のやつ、ちょっと病気して、気が弱くなってるんでさぁ」
「この国の兵役って、そんなに長いの?」
道中仲良くなり、宿を紹介してくれた芝麦の商人と夕食でも一緒になったので、ライラが聞いてみた。
商人はスープをあわてて飲み込み、あたりを見回す。
「お嬢さん、それは禁句だ。
やれやれ、あんたたちこの国は初めてかね?」
冒険者らしいがなんとも危なっかしいな、と苦笑いしながら話してくれる。
「このモールという国が出来てから、まだ三十年とたっていないんだよ。
法律も改正され、国民は、十二歳になったら兵役が課せられる。
予備役は四歳からだ」
「四歳?」
びっくりしたライラを、声が大きい、とたしなめて続ける。
「そう。子供のうちから兵学校で寄宿生活をせにゃならん。
予備役の時は休暇があって家に戻れるが、兵士になったら退役まで帰郷は出来ない。
兵隊同士で結婚して兵舎に所帯を持つものも増えた。
若い者たちはそれで何とかやっとるが、昔の事を覚えとる年寄りたちにはつらい暮らしだ」
首都と神殿のあるモールの谷で、兵士たちの働く姿を見ながら暮らす親たちもいる。
諦めて、このスーリのような鄙びた土地で、静かに老いていく親たちもいる、と。
兵士たちは全員国王軍の所属で、神殿や貴族に貸し出すという仕組みになっているのだ。
「全員が国王の物で、家にも帰れない?それって、まるで奴れ・・・」
「しーっ!」
商人があわてて遮る。
「そ、それも禁句だ。お嬢さん。
よそ者の我々はずいぶん優遇してもらっているが、地元への取り締まりはきついのだよ。
なんせ、前の王家の人間を、全部抹殺してしまったほどの国だからな。
王家に反抗する罪は重い。
口が滑って逮捕されんよう気を付けるんだな」
・・・前の王家の人間。
自分の血族の話だが、ルオーに知識は全くなかった。
この国の人間で知っていたのは、母の乳母であった老アンナだけ。
早すぎる母の死を嘆き、ずっと喪服を着続けていた老婦人。
柔らかな話し声と抱きしめる腕のおぼろな記憶。
産褥で死んだ母は、肖像画一つ残されていなかった。
以前から傭兵で名高い国だったが、子供が四歳で親から離され、寄宿舎暮らしを強制されるとは。
嫌な方向へ、変革されているようだ。
こんなところに、シルヴァーンは運ばれてきたのだろうか。
片時も傍から離さない包みから伝わるかすかな磁力は、まだ先の、北を示している。
王城と神殿のある、首都のモールの谷。
そこでなければ、さらに北の大国、シンリエン。
「仕方ない、明日はモールの谷を目指すか」
だが鄙びた湯治の谷スーリならともかく、よそ者が首都で動くのは難しそうだ。
人間の暮らしに不慣れなライラが、何かやらかしそうな気もする。
「何であたしのせいにするわけー?」
だが部屋に戻って戸を開けたレイヴンが立ちすくんだ。
部屋の中央に椅子に座って待ち受けている、ローブの人影。
強い香の臭い。だが竜の二人がかぎ取ったのは、その下の、異臭。
「だれだ!」
ローブの人物は立ち上がる。
「何年振りですかな、ルオー王子」
その声。
がたがたっと、ルオーが前に飛び出した。
呼吸が異様に早くなり、顔から血の気が引いている。
「・・・セ、ネカ!」
「そこの二人は・・・竜の気を持つのか。
活動期になって目覚めた竜を、味方につけたのかな?ルオー」
大胆というか、不気味というか。
たった一人でルオーたちを待ち受けていた男は、低く笑った。




