第七章 1 北の地
第七章 1 北の地
森と平野の国ロードリアスの最北端。
万年雪を頂く山々のふもとに、ローランという町がある。
ここから北は国境を越え、山間の小さな国モール。それを越えると、標高が高く雪の多い北方高原地帯、シンリエン。
二つとも魔獣を怖れ北へ逃げた何世代も前の人々が、寒さと戦いながら切り開いた土地だ。
「ここがシルヴァーンのなわばりの北の端。
ギャラクの好むグラン草と竜の実の北限だ。
こっから先は、山と雪に特化した生き物の住処。
冷たいのは好きじゃないから、この山を越える竜はあんまりいないな」
山々を見上げながら、レイヴンが言った。
逆に言えば、魔獣たちが少なく、人間が生き延びる可能性が高い土地ということだ。
活動期になっても山の中は気温が低く、厳しい旅になりそうだ。
三人はローランの街に泊まり込み、防寒用の衣類を買い整えることにした。
ワインはここでも高価で品薄だが、ライラも泡の立つエールは好まなかった。
同じ芝麦でつくる旨い蒸留酒があると聞き、レイヴンはさっそくそれを注文する。
生のままで一口あおったレイヴンは息を詰まらせ、あえいだが、こうやって飲むんだと勧められてマコーの果汁で割り、酸味の強いミレンを絞った飲み物はさわやかで口当たりが良かった。
ライラが酔っぱらって竜気を漏らしても良いように、三人は個室で酒を飲む。
「昔は他所からやって来た弱々しい虫けらみたいな人間なんて、竜は目にも留めなかったからな。
活動期が始まると、南に住んでた人間は全滅しちまって、北に住む者だけが残った。
休息期になると、北の人間が下りてきて、平原に街をつくる。
そんでまた、活動期になって、その町が滅びる。
黄金竜とシルヴァーンがここをなわばりとするまで、ずっとそんな調子だったそうだ」
ルオーのはるか昔の御先祖に当たる、黄金竜。
「金色の体色を持つ竜は、めったに出ないの」
血統に詳しいライラが説明する。
「長老の年取った雌たちが、今でも覚えて話しているわ。
黄金に煌めく鱗に、透明度の高い蒼みがかった竜印の、それは美しい雄だったそうよ。
その雄が人間の雌に心を惹かれたので、皆驚いたって。
その頃は、人間なんかにちょっかい出すのは、若い竜たちだけだったから。
人間式の交尾のやり方に興味を持って」
ルオーは飲み物に噎せて咳き込んだ。
アルコールが入った雌の竜ライラの話は、毎回過激に過ぎる。
「柔らかい肉体同士で交尾する快楽が、珍しくて面白かったわけ。
だから若い竜たちは人間に姿を変えて、人間相手に交尾し始めたの。初めはほんの遊びだった。
若い竜にとって、戯れに他の生き物の姿をとって交尾するのは、ごく普通のことだったから。
本気で子孫を作ってやるための、練習みたいなものでね。
人間の、恋愛という感情を知るまでは。
純血の血筋を誇る黄金竜が人間の雌と恋に落ちて、出奔してしまうまでは。
長老達は危険を感じて、人間という異種族を除去しようとしたけれど、黄金竜と、人間との間に子を成していた少数の竜が、人間を擁護して戦ったの。
結局、彼等の縄張りの中だけが、人間が安心して暮らせる場所となったのよ。
それが人間達がロードリアスと言ってるあたり」
「で、黄金竜のなわばりを引き継いだシルヴァーンも、そうやって人間を保護してきたわけだ」
翌朝出立の準備をしていると、宿のおやじが声をかけてくる。
「よう、昨日の酒はうまかったろ?
寒さ除けだ、小樽を買って行かないか。
生のまま、ぐびっとやるとあったまるぜ」
「わーっ!いいな、一樽もらおうか」
「よくきいただろう。北のモールってとこで造られる蒸留酒だ。
芝麦で造るってのはわかってるんだが、製法は秘密だとよ」
モールの名を聞いて、三人は注目した。
「あっちは山国だろう。酒にするほど芝麦が取れるのか?」
「いや、取れんから、こっちからけっこうな量の穀物が運ばれて行って、この酒になって戻ってくる。
あの国に行くんなら、製造法を探って帰れば一儲けできるぜ」




