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竜王と黄金のハート  作者: 葉月秋子


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      18 ギリアス大神官 その2

18 ギリアス大神官 その2



 人目につかない四阿(あずまや)を見つけ、ぺいっとギリアスを吐き出した竜の額の、薄墨色の竜印が光る。


 その姿が、黒髪の青年の形に変わった。

 ぺっぺっと唾を吐いて、言う。

「あーっ、臭い。やっぱ酒飲みの中年は臭いわ!」


「り、竜に喰われた・・・竜に喰われた・・・竜に・・・」

 吐き出されたギリアスは、禿げ頭を唾液で光らせて、ぶつぶつ言いながら放心している。

 ルオーは大叔父に近づき、フードを取った。

「私が、わかりますか?」


 訝し気に見上げたギリアスは、ぎょっとして身を引く。

「ルオー!生きていたのか!で、ではあの竜は!」

 きょろきょろと見回すが、人の姿の三人がいるだけ。

「り、り、竜は!竜は!竜王に喰い殺される!」


 ルオーは冷たく言った。


「夢でも見たのでしょう。

 ロードリアスの竜王は、あなたが殺したのに」


「わ、儂ではない、儂ではない。ゲント男爵と手勢がやったのだ!」


「あなたが計画した。

 活動期が間近と知っていながら、ロードリアスの守護者を殺したのだ。

 この国を、魔獣が蹂躙するに任せ、滅ぼそうとした。

 なぜ」


「ち、違う!」


「なぜ、この国を滅ぼそうとしたのだ」


「ち、違う!それは違う!

 ロードリアスは魔獣には襲われぬはずだったのだ!」

 

 呆れたようにライラが言った。

「でもねぇ、活動期が始まるって時に国を守ってくれる神様を殺しちゃったんだもの、魔獣達が押し寄せてくるのはあたりまえでしょ」

「あ、あいつにだまされたんだ!あいつに!」

 ギリアスは必死にわめいた。

「あ、あいつは言ったんだ。

 あの、「水の一位」に取り入っていた若造が。

『竜王が生きている必要はないのだ』と。」


「あいつ?セネカ?」

「なんですって?」

 ルオーとライラが同時に叫ぶ。



 竜にくわえられたショックで大神官の威厳も何も吹き飛び、パニクったギリアスは、顎をがくがくさせながらしゃべりまくった。


「あいつは言った。竜王の死体があれば魔獣達は近づいてこないと。

 竜王と「黄金のハート」を殺し、神殿を掌握した上でラクロア軍に略奪行為を許し。

 人々の皇太后への怒りを煽っておき、時期を見て反撃しろと言った。

 ラクロア本国は魔獣達に襲われ、援助どころではなくなるからと。

 そして竜王の死体が腐ることはないのだと。

 その死体を神体として竜王神殿に安置し、わしが神官王としてロードリアスを支配する。

 そういう計画だった。うまくいくはずだった。

 それなのに!

 そう言っておきながら、奴は竜王の死体を隠し、運び出してしまったんだ!」


「大神官ともあろう貴方が!」


 ルオーは怒りに震えた。


 竜王を崇め、竜王に守られる立場の人間が、そんな不敬な事を企てたなどと。

 頭が煮え、剣の柄を握る手に、力が入る。


「じゃ、もうこれに用はないわね。

 殺す?喰っちゃう?」

「臭いぞ」

「そうねー」


 呑気な二人の声に、ルオーははっと我に返った。

 のどに詰まった塊を飲み込み、欲に目のくらんだ年寄りから目を背ける。

 

「・・・ええ。もう用はない。

 神殿にも、ロードリアスにも、もう用はない。

 探し物を取り出して、出ていきましょう」


「よっしゃ」


 四阿にギリアスを残し、出ていこうとして、レイヴンが言った。

「逃がしてやったあの二人に追いついて、ちょっと言っとくか。

 こいつらを捕らえて締め上げると、神殿の財宝とやらが、出てくるかもしれないってさ」

 ライラがくすくす笑った。

「槍を無くした罰を、受けずに済むかもね、あの子」





 一刻ほど後。


 蔦が絡まり、崩れかけた邸の前庭に、三人は立っていた。

 草ぼうぼうの前庭を横切り、蝶番の外れかけた扉を開く。

 枯葉の吹き込んだ、きしむ床。夜風に揺れる、ぼろぼろのカーテン。

 だが戸棚を開けると、ほこりまみれのランプがまだ置いてあった。


 くすぶり瞬く灯りの中、ルオーは古い卓に抱いてきた包みを置き、ゆっくりと布を開く。

 

 黒い天鵞絨(ビロード)に包まれていたのは、名工が大理石から彫り上げたような白い右腕だった。


 手首と肘の中間あたりできれいに切断され、切り口に象牙のような骨が見えている。

 しなやかな長い指。均整の取れた、剣をふるうのにふさわしい男性の手。

 抜けるように白く、手首に青い静脈を浮かせ、かすかにひきつったその手は、天鵞絨の柔らかな黒に映えて不思議なほど(なまめ)かしく、美しかった。


「八年間まったく変化がない。私が隠した時のまま」

 ルオーが言った。


「いろっぽーい」

 見つめていたライラがため息をついた。


「こんなもん見て、そんな科白出るか、普通」

 レイヴンがげっそりしたように言う。

「想像力欠如の奴にはわかんないわね」

 ライラは唇を突き出した。

「こんなに綺麗な手なんですもの。本体がどんなに素敵だったか眼に見えるようじゃない。

 少しはロマンってものをわきまえなさいよっ」



 ルオーはそっと、その手に触れる。

 温かくはない。だが、死体のぞっとする冷たさもない。

「・・・レイヴン・・・シルヴァーンは・・・」

「本体のほうも無事だな。これなら」

 ほーっ、と安堵の息を吐く。


「でも、死体をご神体にしろだなんて。

 よく考え付いたわね。そのセネカって奴」

「確かに。

 死体といってもシルヴァーンは仮死状態だ。その身体からは弱い魔獣なんかは近づくことも出来ない、強い竜気が出ている。

 俺達が他の竜の領地に入り込んだ時に感じるんだ。

 そこの主の個性っていうか、力量っていうか、ここはやばい、早く出てったほうがいいぞ、って感じで」

「でも、強い竜にはきかない。数年もすればシルヴァーンに喧嘩を売ろうという、最強の竜達が集まって来るわ」

「やっぱり、セネカにいいように操られたって感じだな」

「人間て、馬鹿ね。百年たつ間に、活動期がどんなものだか、忘れちゃっているのだわ」



 でも、シルヴァーンの身体はどこへ?



「・・・手に入れた・・・」ルオーが呟いた。

「え?」

「あの時、セネカはシルヴァーンを倒したとは言わなかった。竜王を・・・手に入れたと言ったんだ」

「死体を安置しろか。

 シルヴァーンは心臓を貫かれている。その剣を抜かなければ、治癒は始まらない。仮死状態のままだ。

 人間には死体に見えるだろう」

「初めからそういう形でシルヴァーンの身体を使おうと思っていたんだ。

 でも、ロードリアスは魔獣に襲われている。

 もう、彼の身体はここにはないんだ」

「ラクロアでもないな。じゃ、どこへ?」


 ルオーは必死に思い出していた。脳裏に焼き付けられたような、あの日の一時、一時を。


 ルオーを庇って片腕を失った竜王。この身を染める熱い血潮。

 ゲント男爵の叫び。降り注ぐ矢の雨。


「ゲントが率いていた兵士達は、ロードリアスの人間じゃなかった。

 竜王の力を見て、『化け物』と言った。

 ロードリアスの人間なら、絶対にそんな言い方はしない。

 ラクロア兵だとばかり思っていたけれど、あの訛り・・・。

 エラを殺した、あいつらの訛り・・・」


 ルオーは顔を上げた。

「どこかで聞いたことがあると思っていた。ずっと昔に。

 やっと、思い出した。

 あの訛りで話していたのはアンナという年寄り。

 僕が四つか五つの頃死んだ、母の乳母。

 母が嫁ぐとき、一緒にラウンドウェルからついてきた」

「ラウンドウェル?」

「ロードリアスの北にある。今はモールという国だ」

 レイヴンが補足する。

「僕の母グウェンダリナ・ラウンドウェリの一族が治めていた国。

 僕が生まれた頃政変が起こり、一族はすべて死に絶えてしまった」



「その、今のモールって国の人間達が、あなたの一族を滅ぼしたっていうの?」

 ライラが尋ねる。

「それって、悪知恵のはたらくセネカってやつが付け込めそうなことね。

 モールの人間達に吹き込んでやるのよ。

 おまえ達が滅ぼした王家の血をひく者が、竜王の後ろ盾を得てロードリアスの王になる。

 おまえ達に復讐するかもしれないぞって」

「だから手を貸せ、か。ありうるな」

「じゃ、そのセネカって奴もそこへ?」


 レイヴンはルオーを眺めて言った。

「すげえなおまえは、ちび。

 ロードリアスの国王で、ラウンドウェリ王家とやらの最後の一人で、おまけに竜王の『黄金のハート』ときたもんだ」


「僕は『黄金のハート』です」


 ルオーが静かに答えた。


 僕は、竜王様の、『黄金のハート』

 僕は、ただ、それだけの者。




「抱いてみな」

 レイヴンが腕を指さして言った。

「おまえなら、たぶん。抱いて。眼を閉じてみ」


 ・・・・・・・・・。


「わかるか?」


 ・・・わかる。


 引かれる。かすかに。ルオーはうなずいた。

 方向を指差し、眼を開く。

 上げた指先は真っ直ぐに北へ。

 

 北へ。モールへ。

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