6 旅立ち その3
6 旅立ち その3
働かなくても金が手に入る話に魅了されたらしく、ライラはレイヴンに剣を売ってしまえと絡む。
「人間になったんなら、ズルはしないで真っ当な金を稼ぐもんだ」
意外とまじめな竜である。
「だーから、研究のためだって」
何本も剣を売って、竜体の爪なんかが短くなってたら、どこが変化したかわかるでしょ、というのだ。
「鱗が一枚禿げちゃったとか、装甲が全体に薄くなっちゃってるかもしれないわ」
「だからなんで俺にふるんだよ!そんな研究、おまえ自身でやれって!」
「ふん、雌が身体に悪いような事するわけないでしょ。
負担がかかっても、努力するのが雄の甲斐性よ!」
言い合っているうちに、夜が明けてしまった。
悪夢を振り払ったルオーが、笑いながら朝食を頼みに出ていく。
見送ったライラは、ほーっとため息をついて言った。
「だいじょぶ?あの子。
すごく危なっかしく見えるわ」
レイヴンも肩を落とした。
「シルヴァーンだけを支えに、ずいぶんと苦労してきたからな、チビは。
レイヴンが昔を思い出して苦々しげに言った。
「俺があいつを見つけ出したのは、ラクロアの闘技場の中だったよ。
変態野郎の貴族の持ち物になって、剣闘士として見世物にされてた。
・・・傷だらけだった。試合の傷だけじゃない、その糞野郎に遊ばれた傷でな」
ライラが手を置いていた寝台の木枠が、バキッと音をたてて割れた。
「あんた、ちゃんと落とし前つけて来たんでしょうね」
当たり前だという顔でレイヴンが頷く。
「ちゃんと本人がやったよ。
昼は闘技場で命を賭けて戦い、夜はサディストの貴族達の玩具だ。
それでもあいつは生き延びてきた。『無音の閃光』と呼ばれてな。口がきけなかったんだ」
「口が?」
「しゃべることを忘れちまってたのさ。
だんまりのまま一緒に旅を続けて、言葉が出てくるまでずいぶんかかったよ。
あいつのしゃべってるのを聞いて、なんか感じねえか?
ま、竜にしかわからねえ事だと思うが」
ライラは考え込む。
「なんか、二重に聞こえてるような気がするわ」
「心話をそのまま口に出してるからだ。まだしゃべるのに慣れてない。
だからあいつは、今のところは竜と同じで、嘘をつくことが出来ないんだ」
「剣は荒れてたが気迫は凄かった。何があっても生き延びてシルヴァーンを取り戻す。
それだけを支えに生きてきたんだ、あいつは」
「でも、ねぇ」
ライラがレイヴンに向かって言った。
「片腕斬り落とされて、串刺しにされて、おまけに斬られた腕をとばした上に心臓にとどめさされたって言ってたわね」
信じられないというように頭をふる。
「無茶よ、そんなの。
無事に済むわけないじゃない。
いくら始原直系の竜だって、あんまりダメージが大きすぎるわ」
「しーっ!」
レイヴンがあわてて口を塞ぐ。
遅かった。
「やば・・・」
「どういう意味です?」
戸口で真っ青になったルオーが立ちすくんでいた。
平静を装っているが、声が震えている。
「無事に済むわけがないって・・・シルヴァーンは生き返らないとでも?」
二人の竜は慌てた。
「ちがうわ!ちがうのよ、ただ・・・」
少女はきつい肘鉄をレイヴンにくらわす。
「あんた、言いなさいよ!」
「おまえ言え!」つけくわえこっそりと、「たのむぜ・・・」
ライラがため息をつき、恨みの一瞥を投げると、ルオーを手招きしてがたついた寝台にもう一度座らせた。
「大丈夫。シルヴァーンは生き返るわよ。
ただね、時間がかかるの。
質量が全部戻っても、回復するのに時間がいるのよ。
そこまで傷ついてたら、ひょっとしたら何ヶ月も、何年も」
青ざめた青年の眼を覗き込む。
「あなたが生きているうちに、いいえ、この百年の活動期を通しても、眼が覚めないかもしれないの」
無言でライラを見つめていた青年は安堵の息をつく。
心に刻み込むように、ゆっくりと、言った。
「でも、彼は生き返る。
何年かかろうと。
それなら、いい」
震える右手が上がり、口元をおさえた。
喉にこみ上げる熱い塊を飲み込む。
「それなら・・・いいんだ・・・」
青年にこれほど大きな緊張を与えてしまったことに改めて気づく。
震える声で、続ける。
「シルヴァーンだけだった・・・僕の声に答えてくれたのは・・・」
「あの方は優しいから。王宮の片隅でただ一人、誰にも理解されず病み衰えていく子供を見殺しにすることが出来なかったから。
いらない子供。役立たずの王子。皆が死んだほうがいいと思っていた。この私自身でさえも」
共感力を持つ故の、苦しみ。
『僕の・・・せいで・・・』
もう、声が出ず、心だけが語る。
『僕が子供で無力だったからシルヴァーンは殺されたんだ。
足手まといの僕を守って、守り続けて・・・。
こんな役立たずの子供が「黄金のハート」だったから!』
片腕を失い、重傷を負いながら、その身を盾にルオーを庇い続けた竜王。
血まみれの、あの日の、凄惨な姿。
ルオーは顔を覆う。
『僕が大人だったら!もっと強ければ!一緒に剣を取って戦っていたら!』
指が引きつり、爪が肌に食い込む。
パン!と音がするほど激しく、ライラは青年の手に手を重ね、顔から引き剥がす。
竜の輝く眼がひたとルオーを見つめる。
「あんたがちょっとばかり強かったら、その場で一緒に殺されてて、シルヴァーンを助けられない。
あんたが十分に強かったら、はじめからシルヴァーンはそばにいない。
あんたが生き延びて、シルヴァーンを探し出せる。
これが一番いいんだから!」
がしっとルオーの頭を抱え、続ける。
「大丈夫。竜ってのはタフなの。
ほんっとにタフなの。人間とは比べ物にならない。
殺すのは大変なことよ。
シルヴァーンは大丈夫。死んだりしてない。きっと会えるわ。
大丈夫よ」
激情を抑えようとする青年の顔を上げさせ、その眼を覗き込む。
「吐き出しちゃいなさい、飲み込まないで。
人前で弱み出したくないのは判るけど、あたしは竜で人じゃないもんね」
急に調子が変わって、
「あらっ!んーんん、血が出ちゃったじゃない。
そのきれいな顔を傷つけちゃだめっ」
とことん陽気で、前向きで、ミーハーなライラ。
笑おうとしたルオーの眼から熱い涙があふれた。
見せたくなくて、両手で顔を覆う。
無防備な心が全開になり、二人の竜は泣き叫ぶ幼い子供の声を聞いた。
『シルヴァーン!シルヴァーン!シルヴァーン!』
「




