3 ライラ その2
3 ライラ その2
「おかわり」
「は?」
「これ。気に入った。もっと」
空のジョッキを持ち上げて、ライラが言った。
[あれ、眼がすわってないか?]
「あー、ワインな。ここにはもうねえから。
飲みたいなら下の酒場へ行かないと」
「行く」
「え?」
「酒場」
「ちょっとまてっ」
[シルヴァーンもレイヴンもうわばみなんで、平気かと思ってたんだけど・・・。
まずい。女の子、酔っぱらわせちゃった?]
「まっまて、もう夜も更けてる、あんたが出てっちゃまずい。
俺が買ってくるから、待ってろ」
下の酔っ払いたちの中に、きれいな女の子が出てっちゃまずい。
竜の生気、だだ漏れだし。
あわてて立ち上がるレイヴンに。
[でもレイヴン、早く戻って。この子、涙目になってるよー・・・]
おろおろと立ち上がろうとするルオーに、ライラはバン、と机を叩く。
「座んなさい」
[はい・・・]
「シルヴァーンの馬鹿」
[・・・・・・]
「なんで消えちゃったのよ。そんなに人間の女がいいわけ?
あんたが見つからなかったら、あたし、あたし・・・」
[わ、泣かないで、お願い・・・]
「七期も年上の、老いぼれ竜と初子をつくれって言われたのよ!
ひどいでしょうっ!」
[は・・・]
「雌にとって、最初の番の相手はとっても大事なんだからっ!
一生の思い出になるんだからっ!
あんただって、誰よりも大切な人って、いるんでしょうっ!」
その言葉に。
ライラは、突然ルオーの心の中に転げ込んでしまった。
銀髪の青年の心に浮かんだ、あまりにも鮮明な人物像。
黒衣を纏った、背の高い逞しい男性の姿。
豊かな金の髪に囲まれた、強い意志と生気に満ちた美しい容貌。
焦がれるような思慕と、悲嘆と、後悔の念。
「引き裂かれた恋人」という言葉が少女の頭に浮かぶ。
ライラの眼差しに心を読まれた事に気づき、若者は耳まで真っ赤になった。
(あー、なんか、かわいいなー、この人間の雄は。
若くて、柔らかそうで、綺麗。
この子なら雄の恋人だって似会う。うん。すごく似合うわっ!)
頭の中で二人を寄り添わせてみた少女は、あまりにも絵になる美しい恋人達の姿に大きく頷いた。
(うーん、素敵。最初からこんな綺麗なものに出会うなんて。やっぱ、人間界に出てきてよかったわっ)
やっぱり、綺麗は正義よね。うん、うん・・・。
戻ったレイヴンがそっと扉を開けると、ほっとしたことに。
竜の少女はテーブルに突っ伏して、幸せそうに寝息をたてていたのだった。
翌朝。
寝台で目覚め、ぼーっとしている少女に、後ろ向きに椅子に腰かけたレイヴンが声をかけた。
「よう、おはよう。腹はすいてるか?」
きゅるる、と可愛い音。
「よし。食堂は下だ。
あれから二人で話し合ったんだが、お前、俺たちと一緒に来な」
「え?」
「危なっかしくて見てられねぇよ。
朝食ってったら、竜に戻って、羊の二、三匹も攫う気だったろ?」
図星、の顔に、レイヴンはため息をつく。
「人間のなわばりにいるんだから、人間に擬態してないと大騒ぎになるって。
ロードリアスはラクロアあたりと違って、まだ魔獣が少ないんだ。
竜の姿なんか見せたら、大騒動だぞ。それに」
にやり、と笑って指を立てて見せる。
「その一。
俺たちも、シルヴァーンを探してる」
「え?」
「その二。
シルヴァーンは人間の雌とかけおちしたんじゃねえ」
「ええ?」
「その三。
シルヴァーンは敵の手に落ちて、やばいことになってるらしい」
「ええーーーっっ!」
「だから、一緒に来な。
シルヴァーンを見つけて、直接求婚してみろや」
ノックの音と共に、ルオーが顔を出した。
「もう、下で朝食は出来るって」
「よし。朝飯喰ったら、出発するぞ」
部屋を出ていくレイヴンを、ライラはあわてて追いかける。
「待ってよ!
シルヴァーンは雌のために人間の姿になったんじゃなかったの!」
「人間にはなったさ。雌のためじゃないがな」
「雌のためじゃない・・・?
じゃ・・・シルヴァーンの相手って・・・」
レイヴンが黙って前方を指さす。
前を降りていく、素直なプラチナブロンドの頭。
「あんたがシルヴァーンの愛人っ!!」
素っ頓狂なライラの声に、ルオーは階段を踏み外した。
「うっわーっ!意外っ!シルヴァーンの恋人は雌だとばっかり思ってたわっ!
じゃ、あんたがあたしの恋敵だったのね!
ふうーん、こんな趣味だったのね、シルヴァーンたらっ」
手すりにしがみついて振り返ったルオーは、顔に血を登らせて口を開くが、声が出ない。
心だけが激しく否定の叫びを上げる。
「おいおい、とにかく座ってちびを落ち着かせてやりな。
興奮すると声が出なくなっちまうんだ、こいつは。
飯を食いながらゆっくり話してやるからさ。シルヴァーンとこいつの、熱い恋物語をな」
『レイヴンっ!!』
悲鳴のような心話を上げる若者をよそに、レイヴンは笑いながら食堂に入っていった。




