11 闘技場 その6
11 闘技場 その6
その二つ名のごとく、一瞬のうちに男たちを屠った若者が、抜身の剣を手に公爵に歩み寄る。
上気した肌に返り血を浴び、銀の髪を振り乱した、恐ろしくも凄艶な姿。
完成寸前の固さと鋭さを残した、しなやかな裸体。
公爵は目を離すことが出来なかった。
彼自身が造り上げた、美しい死神から。
青い瞳に何の表情も浮かべぬまま、若者は軽く手首をひねった。
公爵の縮こまった一物が撥ねられ、返す刃が腹を縦に切り裂く。
流れ出るはらわたを押さえて、絶叫しようと開いた口に剣が突き立った。
「お見事」
レイヴンが口笛を吹いた。
寝台の背板という不安定な場所にしゃがんで高見の見物を決め込んでいたレイヴンは、死体に一瞥も与えず衣服を身に着けだした青年の動作のぎこちなさに、彼が重傷を負っていた事を思い出した。
怪我人を強姦したエロじじいへの怒りと共に、これだけのハンデを負いながら一瞬のうちに全員を屠った青年の腕と胆力に舌を巻く。
「さすがはシルヴァーンの養い子か。たいしたもんだ」
「さてと、じゃ、ここからおさらばするか。
なんかやり残した事はあるか?」
『何もありません』
静かな心話が返る。
「別れを言う相手とか?」
『誰もいません』
これも心話だ。
「口でしゃべってくれ。心を集中するのはしんどい」
人間の心話を聞くのはひと手間いるのだ。
『・・・すみません・・・』
また、心話が返る。
苛立ってにらんだレイヴンの前で、青年は困ったように眼を伏せる。
『声が出ません。もう、何年も』
レイヴンは仰天した。
「何年も・・・って、いつからっ!」
『覚えていません』
だが。
突然、扉が開くように、青年の心に閃いた、生々しい記憶。
燭台に照らされた豪華な室内。少年を押さえつける怪物のような男たち。
酒臭い息。嘲り笑う脂ぎった顔。顔。
喉にかかる手。絞殺される苦痛。・・・苦痛・・・。
殴られたように青年がよろめく。その頭をレイヴンががしっと捕らえた。
「すまねぇっ!」慌てふためくレイヴン。
「しんどいどころじゃねえ。通じすぎだっ!今調節する!
二度とこんな事にはならんからっ!」
折れた鎖骨の痛みをこらえながらヘッドロックを解こうとしていた青年は、その言葉に今の記憶をレイヴンと共有したことに気付き、愕然とする。
離れたレイヴンは息を荒げ、床にへたり込んだ。
「すまんっ!あー、びっくらしたっ。
大丈夫だ、もう調整したから」
ちよっと意識を集中しただけなのに、いきなり扉が開き、青年の心の中に転げ込んでしまったのだ。
忘れたはずだった、忌まわしい記憶の中に。
人間の波長で聞こうとしていた為に、聞き取りにくかった青年の声。
波長がずれている。
竜に対して全開になっているのだ。
共感力どころではない、心話レベルで交感可能な、むき出しの心。
[ずっとシルヴァーンを呼び続けていたのか、こいつは]
人の言葉を失った分も含めた、強さと激しさで。




