7 闘技場 その2
7 闘技場 その2
翌日。
炎天下の闘技場は、群衆で沸き返っていた。
久しぶりの公爵の臨席に、興業主たちが派手な取り組みを用意したのだ。
観客席で貴族の女性たちが贔屓の闘士を自慢しあっている。
「今日はあれが戦うのよ!『無音の閃光』!」
「出場からもう二年にもなるかしら、あのころはまだ、初々しくて」
「大きな傷も残さずに、素敵な若者になったこと」
「私なんか、初戦からあれに目をかけていたんですからね!」
「ああ、二年前の団体戦ね」
「あーら、ご存じないのね。その前の!
奥地から連れてこられたばかりの、若い鎧獅子との闘いよ」
「え!」「知らないわ、そんなの!」
「ぞくぞくしたわよ、まだ少年のようなあの子が!
おもちゃのような槍一本を持たされただけで、たった一人で、巨大な獅子の前に!」
注目を集めた中年の女性が、得意げに話し出した。
「可哀相に、あの子は獅子に目をやることもなく、その場でうずくまってしまったの。
まるで彫像みたいに動かないので、腰が抜けたかと、観客からは非難の嵐よ。
ところが」
それで、と皆は息を殺して聞いている。
「獅子の注意が騒ぐ観客のほうに移った途端に、あの子はとびかかって、おもちゃの槍で獅子の眼を突いたの!」
「きゃー!」
「片眼をつぶされた獅子は怒り狂って観客席に飛び込んで、大暴れ。血の雨が降ったの。
駆けつけてその獅子を討ち取ったのが、かつて二十二連勝の栄冠を勝ち取った、元剣闘士、ガランドル!」
「きゃー!」「きゃー!」
「知ってるわ。その話。珍しい貴重な獣の能力を見誤って、殺す羽目になったって、責任者のクビが飛んだの」
「そのガランドルが、あの子を見込んで、剣闘士として育て上げたのね」
「見て見て、彼が入場するわよ」
「「「「「きゃーーーーー!」」」」」
闘技場の白い砂の上、重量級の斧を持つ戦士に対峙する、細身の剣を持つ軽装の若者。
観客席の黄色い声援に答えることもなく、静かに剣を片手に、待つ。
柔らかなプラチナブロンドが、風になびく。
そして、開始の合図と同時に、勝負はついたようなものだった。
振り下ろされた斧を紙一重でかわし、素早く後ろを取った若者が、相手の膝裏の筋を断ち切った。
倒れた相手の右手首を切り、力の失せた手から斧を蹴り飛ばす。
観客がはっと気づいたときには、若者は剣先を倒れた相手の喉首にあて、見物人の生死の判定を待っていた。
興行主が額をぴしゃりと叩く。
[もっと両方に華を持たせる見せ場を作らねば、見物人が納得せんわい!]
派手な立ち回りを見せて観客を喜ばせろと、いくら言っても聞きやせん。
ガランドルも加わって説得しようとするが、若者は頑固に首を振ったのだ。
[殺すのは、見せるためではない。自分自身が、生き残るため]
竜王が教えてくれたのは、肉食獣の狩りの技だった。
相手の弱点を見極め、動きを封じ、最低の労力で最大の効果をあげて、素早く安全に獲物を倒す。
それはこの、人間同士が牙を剥き、殺しあう闘技場の中でも、確実に生き延びるための技でもあった。
ぶーぶーと不満の声をあげる観衆の中、本日の賓客、貴賓席に座る贅肉のついた不健康そうな初老の男、ヌメル公爵がつまらなそうに右の親指を下に向ける。
若者の剣が一瞬で相手の息の根を断ち切った。
だが、公爵の手が止まる。
横からしなだれかかる二人の美姫と小姓を押しのけ、貴賓席から身を乗り出した公爵は、血に染まった砂地に立つ、プラチナブロンドの若者を見つめた。
「なぜ、あれが生きている」
二年も前に、獣の餌にしろと命じたはずだ。
まだ覚えている。この儂にどこまでも逆らいおった、嬲って縊り殺してやった少年。
だが、墓掘り人足たちが死体を弄んでいるうちに、息を吹き返したのだった。
下郎どもに穢された身体を主人が使えるわけもなく、怒り狂って獣の餌にしたはずなのに。
なんと、また。
・・・・・・見事な獲物に、育ったことか。
公爵は側近を手招きする。
「あれは興行主には戻すな」
公爵が言った。
「あれはもともと儂の奴隷、儂の所有物じゃ。次の興行まで、儂の手元に置いておく。
鎖をかけて城へ運べ。決して逃がすな」




