6 闘技場 その1
6 闘技場 その1
文官のジョハラの前に、報告書が山積みになっている。
この一年の、異常な高温。農作物の大豊作。
その反面の巨大な魔獣の増殖。竜の視認。
「これが・・・活動期か・・・」
まだ、始まったばかりの。
しかも・・・竜だと?
友人のマックルーの言葉だ。間違いはない。
しかも、ロードリアスの人々の言葉が真実なら、唯一、人間に友好的だった竜王は、もういないのだ。
「これが、百年も続いたら・・・」
はたして人間は、生き残れるのだろうか。
事実を伏せていても、噂は広がる。
広がる末世思想。すさみ、荒ぶる人心。
魔獣を怖れ、都に流れ込む人々。
豊かに実るはずの田畑は放置され、飢えた貧民が増えるばかり。
明日への希望を失った人々は、憂さを忘れるひと時の快楽を、闘技場に求めた。
ロアヌークにほど近い、ヌメル公爵所有の剣闘士養成所。
養成所の所長は、かって花形の剣闘奴隷であり、その剣で己の自由を勝ち取った男、ガランドル。
そろそろ老年に入る頃だが、古傷の縦横に走る肉体はまだ逞しく、若々しい。
事務所に入る前に、所長は足を止め、中にいる若者を眺める。
知的な雰囲気を出すのだ、と言って、建築家が取り付けた、飾り棚。
トロフィーやお飾りの書物を並べた棚の下で、読書している十六、七の若者。
青年期に入ったばかりの、未完成のしなやかな身体。微風に揺れる素直なプラチナブロンド。
何度も修羅場をくぐって来たとはおもわれぬ、静かなたたずまい。
人の気配にふっと顔を上げ、ガランドルに澄んだ青い瞳を向ける。
女性の観客がこぞって贔屓にするわけだ。
あの時、こいつを拾い上げて良かった。
このまま鍛え上げれば、かっての自分のような華のある剣闘奴隷となって、闘技場の人気を集めたろうに。
「だんまり」
所長は言いにくそうに言った。
「明日の興行は、公爵閣下が臨席される」
若者はさっと青ざめる。
その手が無意識に喉にかかる。
「今まではなんとか二軍に入れて出会わないようにしていたが、明日はお前は一軍の三番手だ。
勝てばいやでもお目に留まる。覚悟しておけ」
ため息をついて続ける。
「二軍でいるには、お前は強くなりすぎたな。え?
『無音の閃光』なんぞという二つ名なんかもらっちまって。
ここまで生き残るとは思ってもいなかったぞ」
若者は無言でうなずくと、読んでいた本を丁寧に棚に戻し、目礼して出ていった。
手足の鎖が、がちゃりと音を立てる。
剣闘奴隷の鎖が外されるのは、武術の稽古と試合の時だけだ。
惜しい。
つくづく思う。
なんとか公爵が気付かないようには・・・出来ねぇだろうな。
不思議な奴だった。
いままで、本なんかに興味を持った剣闘士などいなかった。
「あいつがいなくなると、この兵法書の類も、また壁の飾り物に戻っちまうんだな」




