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竜王と黄金のハート  作者: 葉月秋子
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      4 黄金のハート

4 黄金のハート


 翌朝。


 ルオーは幸せな気持ちで、朝食の席についていた。

 皇太子専用の、十人は座れそうな大きな樫材の食卓。

 その上座にただ一人、ぽつんと座った少年の前に置かれているのは、聖餅と水だけ。

 

 だが、焼き立ての小さなパンは香ばしく、甘かった。

 物心ついて以来、初めてまずくない食事をしているのだ。

(ちがった。えぐくないと言うのだった)

 昨日の熱で、口の中と周りに発疹が出てしまったので、えぐくなく、しみる事のない食べ物は本当にありがたいと思う。


 強制されない自由な食事を楽しみながら、ルオーは後ろの女官たちのおしゃべりに耳をすましていた。

 いつものように皇太子をまったく無視して、女官たちは喋りまくっている。

 ずっと邪魔者扱いされてきた八歳の子供は、家具の一部のように気配を消してしまうコツを自然に体得していたのだった。


 おかげで、女官長のいないところで繰り広げられる、宮廷内のゴシップは、たいてい耳に入っている。

 ふだんなら聞き流してしまうのだが、昨日からは違った。

「竜王様が・・・」という話題ばかりだから。


 竜王があのまま姿を消してしまい、大騒ぎになって、一晩中神官と衛兵が探し回っても無駄だったこと。

 徹夜で会議が続けられ、国王が『黄金のハート』の候補を急ぎ招集したこと。

 一言も漏らさず、ルオーは聞いていた。

(ああ、あの方の『黄金のハート』・・・)

 竜と人間の絆として、大神官より上位に置かれる、孤高の存在。

 王侯貴族の中からただ一人選ばれ竜王に仕える、最高位の神官の称号だ。


「でも、どうして人間の御姿なの?それも六年も早く」

「人間の御姿の方がいいわ。それは美しく逞しい殿方なんですって。

 竜なんて、怖くって」

「ねえねえ、それじゃただの人間が、竜王様の名を騙ったんじゃないと、どうしてわかるのよ」

「大神官ギリアス様がおっしゃったんですもの。間違いないわよ」

「それでもねぇ・・・」


 聞いたルオーは声をたてずに笑った。

(あの方をひと目見たら、絶対に人間じゃないってわかるんだよ)


「でも、どうなるのかしらね、予定より六年も早いお目覚めなんて。

『黄金のハート』候補の方々は皆さんまだお若すぎるし、準備不足でしょ」

「一番の有力候補ダルエス様だって、まだ十三歳。大神官様だってあわてていらっしゃるわ、きっと」

嫌な名前を聞いてしまってルオーは顔をしかめた。

「そうよね、いくら大神官の甥御様だって、十三歳ではちょっと無理ね」

 ルオーはほっと安堵する。


 女官長が入って来て、パン!と手をたたく。ピタリとおしゃべりが止んだ。

「なにをしているのです!皇太子殿下のお支度はまだなの?

 竜王様がお出ましになったら、お子様方の先頭に立たれてお目通りするのですよ!

 さあ、急いで!」


 正装して降りていくと、王家の子供たちがもう集まっていた。

 ロードリアスでは、十四、五歳になるまで、王族、貴族の子弟は全員、神殿の学問所『水』の館で教育を受ける。子供の家柄や派閥に関係なく、学習の場では皆平等なのだ、という建前になっているが、子供たちの間にも、当然将来の宮仕えにかかわって来る派閥が出来、争いがおこる。


 後ろ盾になる者がいないルオーは、ここでも孤立していた。

 名ばかりの皇太子とかかわって、現王妃の覚えが悪くなることを、皆、恐れているのだ。


 一団の中心で笑いさざめいている、腹違いのルオーの兄弟、姉妹たち。

 十五歳を筆頭に、庶出、とはいっても大貴族の母を持つ二人の兄と五人の姉妹。年上のいとこたち。

 現王妃の子供たち、二人の弟と生まれたばかりの妹は母親の傍にいるのだろう。


 口元に発疹の出来たルオーの情けない顔を見て、ダルエスがにやりと笑う。

 発育の良い栗色の巻き毛の、十三歳の少年だ。現国王の父王の亡き弟の息子というややこしい関係だが、もうひとりの父王の弟、つまり大神官ギリアスの、気に入りの甥っ子といったほうが通りが良い。

 五歳年下の弱々しい皇太子の下位に甘んじているのがよほど悔しいのか、ルオーは昔から目の仇にされ、庶出の兄たちのあからさまな軽蔑よりもずっと陰険ないじめを受けて来たのだった。


「ルオー、あなたはもう竜王様にお会いしたの?本当に噂どおり、美しい人間の御姿なの?」

 十二歳のリンダが、珍しく声をかけてきた。

 いつもはルオーなど、てんでばかにして目もくれない腹違いの姉だが、やはり竜王の事が聞きたくてたまらないのだ。

 だがルオーが答える前に、ダルエスが勝ち誇ったように言う。

「知らないんですか?リンダ。

 皇太子殿下におかれては、尊き竜王様に向かってゲロを吐かれたのですよ」

「やっだーっ!」

「きったなーい!」

 女の子たちが叫ぶ。ルオーは耳まで真っ赤になった。

(神官派のアリシアが、告げ口したんだな!)


 ルオーめがけて押し寄せる、あざけり、軽蔑、嫉妬、怒りの渦。

 昨日の記憶さえ押し流されそうになって、ルオーは歯を食いしばった。

 だめだ、あの時の金色の雲を思い出すんだ。僕だけがあの方に会えたのだから。

『もう、泣くな』とあの方が言って下さったのだから。

 思いがけず、へたれずに頭を上げて抵抗するルオーに、ダルエスは攻撃の方向を変える。

「ま、竜王様は、神殿にお住まいになるんですから、これからは滅多にお会いできないですよね。

 僕たち神官だけがお仕えするんですから」


 これは、効いた。

 ズキリと胸に刺さる。

(滅多に会えない・・・。あの方に会えない・・・)

 

 リンダから、思いがけない助け舟が入る。

「ちがうわよ、ダルエス。竜王様は、神殿にお住まいになるんじゃない、神殿奥の、山の岩窟にお住まいになるのよ」

「それは竜体になられた時でしょう、リンダ。今は人型をお取りなんです。

 だから当然、神殿に住まわれて、僕たち神官がお仕えするんですよ」

「お仕えするのは『黄金のハート』ただお一人でしょ。神官たちじゃないわよ。それにダルエス、あなたまだ神官じゃないじゃない。見習いですらないじゃない。まだ見習いの候補生っていうのじゃない」


 たたみかけられて、たじたじとなったダルエスの脇を、ルオーはすり抜けようとした。

 いとこの誰かが、意地悪く足を突き出す。

 ひっかけられてルオーは皆の前でばったり転んだ。

 起き上がろうとして、もう一度滑った。偶然のようなふりをして、ダルエスがルオーの上着の裾を踏んでいる。

 頭の上で、意地悪い声。

「竜王様の前で、こんな醜態は見せないでくださいね、ルオー王子。・・・わっ!」

 とうとうキレたルオーが、思い切りダルエスの足首に嚙みついたのだ。


 侍従の一人が、汗を拭きながら走って来る。

「皆さま、何をしておいでです!

 竜王様が神殿にお見えになりました!

 皇太子殿下!おやめください!ルオー王子!」

 ルオーが歯をゆるめた途端、ダルエスが大きく足を振る。

 眼から火花が散った。

 


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