20 襲撃 その4
20 襲撃
王宮の裏口から、ルオーの見た事もない廊下と小部屋が続く。
山積みの洗濯かごや脂じみた樽の間を縫って行き、女官長が一つの扉を開けた。
薄暗い小部屋の中で、二人の老人が立ち上がり、ルオーの前に膝をついた。
「ご無事でしたか、国王陛下!」
典礼の司『風の一位』が深々と臣下の礼を取る。
「その血は!お怪我を?」
煤で汚れ、煙の臭いをさせた、上品な銀髪の婦人、学問の館の『水の三位』が叫ぶ。
黙って首を振る、ルオー。
女官長が毛布と着替え、薄荷茶、聖餅の包みを持って入って来た。
白い下着を紅に染め、肌まで染みとおった血糊に、大人たちはぞっとした。
「・・・この血は・・・竜王様の・・・?」
ルオーは歯を食いしばってうなだれる。
「何という事を・・・何という事を・・・」
『水の三位』が怒りに震えた。
「神殿で一体、何がおこったのです?」
女官長が二人に尋ねた。
「突然の事でした。
先王陛下の葬儀の段取りをしていると、誰かが走り込んで来て、叫んだのです。
『ロザムンド皇太后が竜王様を弑し奉った。ラクロア兵がやって来る』と。
大騒ぎになりました」
『風の一位』が言った。
「『風』『地』『水』の神官たちがぞくぞくと神殿に集まってきました。ところが」
息をつく。
「現れたのは、近衛の長『火の一位』に率いられた部隊。
いきなり、大神官ギリアス殿に対する反乱と言いがかりをつけ、神官たちに剣を向けたのです。
逆らおうとした数十人が惨殺されました。
『火の一位』殿はそのまま神殿を閉鎖。
上位の神官たちが閉じ込められています」
「王宮にラクロア兵を引き入れたのも、『火の一位』殿の仕業と聞きました。
ルオーを着替えさせる手を止めずに、女官長が言う。
「近衛の長の反逆に、警護の兵たちは混乱。
そこに『水の一位』殿に取り入っていた男、セネカが竜王様の御遺体を王宮前広場に晒し、兵たちに見せつけたのです。
士気は喪失し、瞬く間に王宮は皇太后の名のもとにラクロア兵に制圧されました」
「皇太后ではございません。
畏れ多くも竜王様を弑し奉った首謀者は、大神官ギリアス」
『水の三位』がしっかりした口調で言う。
「ギリアスが皇太后、『火の一位』、『水の二位』と謀り、ラクロア兵を都に引き入れたのです。
神官の暴動を口実に、人望ある『水の一位』殿の失脚を目論んで、御自害と偽り、私が駆けつけた時はすでに・・・」
『水の三位』が悔し涙をこぼす。
「三か所も刺し傷のある御遺体を、御自害などと誰が申せましょう。
『水の一位』殿と反抗的な神官たちが消えた今、竜王神殿はギリアスの言うなりです」
銀髪の夫人は軽蔑するように言い捨てた。
「お逃げ下さい、ルオー様。
ギリアスが真っ先に命ずるのは、『黄金のハート』ルオー様を抹殺すること。
国王の首などいくらでも挿げ替える事が出来ますが、『黄金のハート』は唯一無二の最高位の竜王神官。
ルオー様がいらっしゃる限り、ルオー様のご承認失くして竜王神殿を動かす事は大逆罪でございます」
「だが、いったいどこへ逃げよと・・・竜王様は亡くなられた。
ロードリアスはもう終わりじゃ・・・」
『風の一位』は震える両手で顔を覆った。
がっくり老け込んで考えもまとまらぬ『風の一位』と、怒りに震える『水の三位』
女官長だけが、何をすればいいかわかっていた。
街の子供の着るような、古びたズボンと上着を着せ、湯を持ってきてルオーの頭を洗い、黒っぽい液体をつけて梳る。目立つ金髪をくすんだ色に染めようというのだ。
「リドラムへお落としします。ローレル公爵領へ。
公爵様御一族の行方は知れませんが、生きておられればあの土地は必ず反旗を翻すはず。
私の甥が一人だけ、神殿の虐殺から逃れる事が出来ました。彼がご案内いたします」
女官長の甥は、四人兄弟全部が神殿務めだったはず・・・。
『水の一位』は再び涙ぐんだ。
「竜王様・・・竜王様の・・・お身体は・・・広場に・・・?」
ルオーが震える声で尋ねた。
「いいえ、セネカが持ち去ってしまいました。たぶん、ギリアスの処へ」
セネカ。
あいつだ。あいつが、竜王様を・・・。
ルオーは胸に抱いた天鵞絨の包みをぎゅっと抱きしめる。
「甥が来るまで少しお休みください、陛下」
通された小部屋は半地下の造りで、小さな窓があった。
そっと外に呼びかけ、烏の声が聞こえるのを待つ。
小さく呼び交わし、やがてぷりぷり怒ったレイヴンが現れた。
「さんざん探し回らせやがって」
でも、見捨てずにいてくれたレイヴンに、ルオーは説明する。
「セネカ。またあいつか。胡散臭い奴だ」
「本当に、竜王様は生き返るんだね、レイヴン」
同じことを、もう、何度尋ねた事だろう。
「ああ。時間はかかるがな。
心臓をやられて仮死状態になってても、しばらくすれば傷が治って息を吹き返す。
どこへ連れていかれたかわからねぇのか。よし、必ず探し出してやる。
だが、その右手。失くすなよ。
それがないとシルヴァーンは竜になれないぞ」
失くすものかとばかり、ルオーは包みを抱きしめ、頷いた。
「んじゃ、お前はリドラムってとこへ逃げるのか。お前が殺されちゃ元も子もないもんな。
あのお姫さんに会ったら、よろしく言っといてくれや」
「一緒に来てくれないの?」
「俺の本体はまだ寝てるんだ。
長い時間この姿に集中してられないんだよ。もう限界だ。
大丈夫、また会えるさ。
このままお前に死なれちゃ面白くねぇしな。
あと二年して、竜になった俺様の雄姿を見・て・もらわ・・・な・きゃ・・・あ・・・」
烏の声が間延びして、姿が揺らいだ。
大きく欠伸して口を開けたまま、溶けるように消えてしまった。
ギリギリまで、そばにいてくれたんだ。
レイヴンも、いなくなった。
見捨てられた仔犬のようにルオーはうずくまった。
胸に抱いた物の冷たさを、重さを、ひしひしと感じる。
「竜王様・・・竜王様・・・シルヴァーン・・・」




