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竜王と黄金のハート  作者: 葉月秋子
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       2 竜王の目覚め

2 竜王の目覚め


「いらっしゃいました!ルオー王子はこちらです!」

 甲高い女官の声。

 女官たちの中でも一番嫌いな、アリシアの声だ。


(しまった。やっぱり藪を抜けてむこうへ行っとけばよかった)

 いくつか作ってある隠れ家のどれかに入っていればと後悔したが、もう遅い。

 吐き気をぶり返さないようにゆっくり起き上がると、背筋をぴんと伸ばしてこちらへやって来る女官長とまともに眼が合ってしまった。

 瘦身に襟の高いシンプルな黒のドレス。ぱりぱりに糊の効いた堅苦しい白いレースだけが装飾だ。歩くたびに腰に下げた鍵束がじゃらじゃらと揺れる。

 ぴったり撫でつけ、後ろでシニヨンにした、乱れ毛一本ない灰色の薄い髪。同じ灰色の眼が、怒りにつり上がっている。

『魂まで糊付けされて、バリバリのコチコチなのよ』と、腹違いの姉リンダが批評した厳格なこの婦人は、国王に次ぐ王宮の影の実力者であった。彼女と侍従長のアルベルがいなければ、王宮の物事は回っていかないのである。


「ここにいらしたのですか、ルオー王子」

 厳しい声に、少年は身をすくませた。

「お薬も飲まれず、お食事もなさらず、外出を禁止しても抜け出してこんな所においでになる。あまりにわがままが過ぎましょう」

〈まったく、なんて手間がかかるんだ、この役立たずのわがまま王子は!〉

 頭からしかりつけられて、ルオーは一層青ざめる。


「さあ、お戻りください。侍医のマレール殿が、お薬を用意してお待ちです」

 ルオーは精一杯の抵抗をする。

「・・・まずいから・・・いやだ・・・」

「まだそんな事を!」

 女官長の言葉に首をふった少年は、その動きでふたたび吐き気を催し、あわてて横を向いてしゃがもうとした。

 つまずき、倒れかける。

「・・・!」

 誰かが肩を支えてくれたが、そのまま体を折って吐いてしまう。

「誰です!あなたは!」

 女官長の鋭い叫びを聞きながら、ルオーは涙のにじむ眼で、汚物のかかった高価(たか)そうななめし革のブーツをみじめに見つめていた。

(誰の靴、汚してしまったんだろう・・・)

 悔しさとみじめさで、顔を上げることが出来ない。


「子供に無理強いするものではない」

 頭の上で、大人の、男性の、落ち着いた低い声がする。

「無理に食べれば身体を壊すことが、この子にはわかっているのだ」

 体がひょいと抱き上げられる。柔らかな黒革の上着。麝香のような、不思議な匂い。

「上に泉がある」


 そう言うと、見知らぬ人は、大きな体で藪を押し分け、数歩で崖を上がってしまった。

 取り残された女官たちが、藪にスカートを絡ませて大騒ぎしているうちに、ルオーは泉のほとりで大きな石にもたれ、顔を冷やされ、汚れを拭かれている。


「・・・すみません・・・汚して・・・」

 消え入るような声でルオーが謝る。

「気にするな」

 その人は痛ましそうに、青ざめ隅の出来た幼い顔を見下ろしていた。

 ルオーはやっと相手を見上げる事が出来た。

 逆光に縁どられた、柔らかく広がる金の髪。風変わりな黒い服。額になにか飾りをつけ、金色に光る瞳は強い輝きを湛えている。

 男性的な、美しい、見慣れぬ容貌。


「だが、おまえも言葉が足りぬな。その嫌な味はまずいではなく、えぐいと言うのだ。

 正確に言葉を使わなければ、他人にはわかってもらえぬぞ」

 驚いて見上げるルオーに笑いかける。

 その眼に金の光が踊る。

「不便なものだ」


 今度は片手でルオーを抱き上げると、歩き出した。

 高台の神殿にむかって。

(すごい・・・)

 ふつうは九十九折のゆるやかな坂を登っていくのに、この人は斜めにつっきって、どんどん崖を昇ってしまう。衛兵を呼ぶ女官長の声が、見る間に遠ざかる。

 藪を踏み越え、茂みをかき分けても、木の枝一本ルオーの体にあたる事はない。

(すごいや・・・)


 こんな風に抱かれて運ばれるのは、ルオーには初めての経験だった。

 老アンナが死んでからは、見苦しい湿疹だらけのルオーに、ためらわず触れる者すらいなかったのだ。

 吐き気がどこかにぶっ飛んでしまった。

 視界がすごく高い。

 掴まった大きな肩の筋肉が、手の下で滑らかに動く。

 この麝香のような匂いは、この人の体臭なのだ。

 金の髪が風になびく。

 額の飾りは・・・飾り?あれ?

(ああ、神殿に着いてしまった)

 ルオーはがっかりした。


 


 


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