17 襲撃 その1
17 襲撃
何合か切り結ぶ二人を見て、ゲント男爵は舌打ちした。
(竜殺しなど抜かしおって)
まずまず優秀な剣士ではあろうが、竜王とは格が、違う。
勝負が、見えてしまった。
だが、足止めにはなる。
呆然と佇んでいたルオーは、いきなり肩を掴まれた。
ふりほどこうとするが、大人の騎士の力に抵抗する術もない。
「ここらで決着を付けさせてもらおう」
騎士は暴れる少年を軽々と持ち上げた。
「このガキを先に殺れ!」
ゲントに首筋とベルトを掴まれ、猫の子のように放り出されたルオーの小さな身体が、剣を交える二人の間に落下する。
男の目の前、竜王から二歩。
男が表情も変えず、剣を突き出す。
少年が貫かれる寸前、身を捨てて間に飛び込んだ竜王が男の剣を跳ね上げ、左手でルオーを抱え込んだ。
一瞬、竜王の構えが崩れる。
ルオーの心に伝わった凄まじい衝撃。
激痛。ショック。
左手にルオーを抱えたまま、竜王はよろめき、片膝をつく。
ごとり、と音がして、剣を握ったままの竜王の右手が地に落ちる。
切断された傷口が激しく血を噴き出す。
少年に苦痛を感じさせぬために、竜王が即座に心の接触を断ち切った。
蛇の眼をした男が剣を振り上げる。
ルオーを放した竜王が、身を転がして下から男の腕を蹴上げた。
剣が跳ね跳び、鈍い音がして肘の関節がくだける。
痛みを感ぜぬように、自らの腕を見下ろした男の頭を竜王が捕らえた。
抱え込み、一瞬力を込めて捩じる。、男の頸骨が音を立てて折れた。
眼を開いたまま崩れる男の帯を引き抜き、くわえた竜王がぎりぎりと右肘に巻きつけ、止血して立ち上がる。
「この・・・人間どもめがっ!!」
竜王の怒号があたりに響いた。
切り結んだ相手の死体を軽々と持ち上げて、ゲントに向かって投げつける。
もろにぶつかった男爵が、手足を絡ませて倒れ込んだ。
傷ついた竜王の周りから立ち昇る、凄まじい闘気があたりに満ちる。
「ば・・・化け物・・・」
取り囲む兵士たちが怯み、浮足立った。
「弓兵隊っ!」
死体をはねのけて、ゲントが叫んだ。
竜王がぐい、とルオーを引き寄せる。
小さな身体に竜王が覆いかぶさった直後、雨のような激しい音と共に、周囲に矢が降り注ぐ。
心を触れていなくても、竜王の背に、肩に、矢が突き刺さる衝撃を、少年は全身で感じて身を震わせる。
自らの身体を盾に少年を庇い続ける竜王にすがって、ルオーは涙を流し、歯を食いしばる。
竜王の激しい心臓の鼓動。顔を押し付けた竜王の上着の匂い。竜王の大きな手。苦痛に波打つ逞しい胸。耳をうつ、荒く激しい呼吸。
縛った右腕からなおも吹き出す血が、少年を朱に染めていく。
竜王がささやいた。
「逃げろ、ルオー」
激しくルオーを突き放した次の瞬間、竜王は声を上げてのけぞった。
その胸に。
その胸から突き出した、血みどろの槍先。
「やったぞ!儂が竜王を狩ったぞ!」
割れ鐘のようなゲント男爵の声。
ぎりりと歯咬みする竜王の背から、気合を込めて槍を引き抜く。
「とどめだ!」
槍を振り上げたゲントの膝に、ルオーが喚きながらしがみついた。
「卑怯者!卑怯者!卑怯者ーっ!」
したたかに蹴り飛ばされて、体が宙に舞う。
地面に叩きつけられ、息も出来ぬルオーの手の下で光る、白刃。
いまだ剣を握ったままの、竜王の右腕。
「貴様が先に死ぬか、小僧!」
槍を構えた男爵が、のしかかるように近づく。
にらみつけるルオーの手の下で、ぐん、と剣が動いた。
竜王の右腕が、抱えた少年を引きずるほどの勢いて飛び上がり、男爵の脇腹から胸へ深く切り込んだ。
少年がその軽い体重をかけて、夢中で剣を押し込む。
「ば・・・かな・・・」
仁王立ちになった男爵がつぶやく。
その眼がくるりと反転し、立木のようにどっと倒れた。
ルオーが喘ぎながら振り返る。
残された左手で体を支えた竜王。
失血で紙のように白いその顔の、その眼の、溶けた黄金のように激しい光。
瞼が閉ざされ、光が消える。
竜王の身体が、力を失ってゆっくりと崩れた。
その背を貫く何本もの矢を、黒い上着がなお濃い色に染まっているのを、少年は目にする。
「シルヴァーン!」
少年は涙で顔をぐしゃぐしゃにして走り寄ろうとした。
夢の中で動いているように足がもつれ、動かない。
目の前の、ほんの数メートル先に、倒れている彼の竜王。
その上に、少年より先に、マントの人影が立ちはだかる。




