12 お茶会その3
「ダルエスが『火の一位』将軍の長女と婚約したのよ」
リンダが報告に来る。
「まだ七歳なんだけれど、お行儀見習いでウィルミネア王女の女官に取り立てられたわ。将軍は三世代前は平民の家柄だから、大変な出世よ」
「ルオーより幼いではないか。本人の意志はどうなのだ」
不思議に思って竜王が聞く。
「そんな個人的な事は無視されますわ。これは竜王神殿と軍事力が結びつく事になると、ローレルの家では大問題になっています。それにラクロアまでかかわって来るとなると、宮廷内のバランスが大きく変わることに」
本人同士はどうなるのだ。
個人を無視する複雑な政治の話に、竜王は頭が痛くなった。
「あなたがご結婚なさった時は、どうだったのですか?」
いきなりリンダに聞かれて、竜王は面食らった。
「何?」
「だって、ロードリアスの王家には、あなたの血が流れているのでしょう?私たちは皆、あなたの子孫なのでしょう?」
「何だと?」
「だって、あなたはロードリアスの王女と結婚なさったのでしょう?」
竜王は首を横に振った。
「えー、そんな。じゃ、あれはただの伝説だったの?」
騒がしい烏の笑い声。
舞い降りたレイヴンが口をはさむ。
「ケッケッケ。
人間との間に子を作ったのはシルヴァーンじゃない。
シルヴァーンの前にここを縄張りとしていた黄金竜だ」
「竜王様の前に?」
驚くルオー。
「じゃ、その竜は?」
「私が倒した」
竜王の言葉に、ルオーとリンダは声を上げて驚いた。
「「ええーーっ!」」
「私が彼を殺した。そしてこの縄張りを継いだのだ」
「そんな、そんな事、ロードリアスの歴史の時間にも習いませんでしたわ」
「説明するのが面倒だから、黙っていろとエディが言っていたのだ」
面倒どころではない。
それならば、この竜王は、ロードリアスの王族にとって、ご先祖の竜を殺した仇になってしまうではないか。
眼を丸くしている二人の子供に、竜王はやっぱり面倒なことになったと、苦笑いしながら話し出した。
「彼の名は人間に教える事が出来ない。
黄金竜、と呼んでおこう。
彼は年老いた強い竜だった。
当時の私より大きく、力強く、老獪だった。
そして人間の味方をし、人間の女を妻とした異端者でもあった。
その竜が、私に挑んできたのだ。
私は若く、まだ決まった縄張りを持っていなかった。
私たちは激しく戦い、最後には彼が倒れた。
勝利した私は、彼の縄張りを私のものだと宣言した」
「黄金竜はとても強かったので、私も重傷を負っていた。
しばらくは動く事もならず、彼の住処だった岩窟で眠り続けた。
そこへ、一人の人間の娘がやって来た」
竜王は遠い眼をして過去を振り返る。
「黄金竜と人間の間に生まれた、子孫にあたる娘だった。
竜の血を受け継いだ彼女は心話が使え、竜と話すことが出来た。
ただ一人、私のもとへやって来て、怪我で不機嫌な私に言うのだ。
『どうか人間を殺さないでくれ、黄金竜の跡を継いで、ロードリアスを守ってほしい』と。
人間などは餌にもならぬ虫けらと思っていた当時の私は、彼女の事など無視していた。
だがその娘は私の傍らに留まり、毎日毎日、私に話しかけて来た」
竜王はリンダに微笑みかける。
「お前くらいの歳だったろうか。
恐ろしい竜の傍らで小鳥のように囀るその子は、ただ一人、昔話の狂王をとどめた美姫のように、私の傍で千日の昼、千日の夜を過ごしたのだ。
いつしか私はその子の話を、歌声を、明るい笑いを楽しむようになっていった。
彼女が沢に落ち、足を折ってしまうまでは。
竜の身では・・・助ける事が出来ぬ。
私は人間の姿を取らねばならなかった。
そして娘の怪我か治る頃には、私は自分が黄金竜のしかけた罠に見事にかかってしまったのを知ったのだ」
「罠?」
「ロードリアスの人間を守る年老いた黄金竜は、その後継者として私を選んだのだ。
私に挑み、全力を尽くし、私に敗れ、死んで縄張りを明け渡した。望みのままにな。
そして小さな人の子が、私の心を繋ぎ止めた。
私に人間を襲わぬと約束させたのだ。
私は人間は好きではないが、約束は守る。
その小さな娘が、お前たち、ロードリアスの王家の者だったのだ」
ああ。
ルオーは思った。
では、その少女が最初の『黄金のハート』だったのだ。
まだ、その名で呼ばれることはなくても。
「お城のタペストリーに描かれている方ね。白いドレスで、塔の上からあなたに手を差し伸べている」
「タペストリーというのか?
アリスが何やら作っていたな。次の活動期に出会った、リカルドの奥方が。
私が立派な塔をぶち壊してしまったと怒っていたのだ。
あの塔の形を作って残すとは、よっぽど腹を立てていたのだな」
二人の子供は、開いた口がふさがらなかった。
そういえば、あんな塔、今のお城には見あたらないけれど・・・。
竜王は思い出を語り続ける。
「竜の血をひくロードリアスの王家には、思念の強い者がよく出る。
リカルドは王の一族とはいえ、傍系の三男坊でな。
軍規を破って近衛隊から叩き出された男だった。
それが、上等のワインの樽を担いで、一人で山に登って来て、言うのだ。
『竜王、俺と遊んでくれないか』とな。
人間を襲わぬとは約束したが、かかわる気もなかった私だったが、ワインの樽が空になる頃には、すっかりいい気持になって、人の姿で山を降りてみようかという気持ちになったのだ」
「ワインが安物でまずかったら、リカルドは王様にならなかったかもしれない?」
「そういう事だろうな」
二人の子供はけらけら笑う。
「もーだめ。私、リカルド豪胆王の山頂の演説というのを、しっかり暗記させられたわ」
国を憂うるリカルド王が竜王の前で、貴族の腐敗と民の嘆きを滔々と訴え、国家統一の必要性を説くのだ。
「あいつは口より手のほうが早い、大酒飲みの暴れ者だった。
そんな演説説くより先に居眠りをしていたろうな」
きゃあきゃあと騒ぐ子供たち。
リンダとエラ、時にはレイヴンも交えたこの楽しい時を、のちにルオーは何度も思い返す。
竜王に見守られ、穏やかに過ぎて行った、少年時代の至福の時を。
『活動期になれば』竜王は思っていた。
『私が竜体に戻り、魔獣たちが押し寄せてくるようになれば、人間たちは生き延びるのに必死になる。
陰謀どころではなくなるのだ』と。
だが、その前に、事は起きた。
そして竜王が思いもしなかった方向へ、人間たちは動き始める。
竜王シルヴァーンが目覚めてから四年後。
ルオー、十二歳の夏。
ロードリアス国王、ウィリアムルス六世、崩御。




