10 お茶会その1
10 お茶会
そんな宮廷の噂話をルオー達に伝えてくれるのは、リンダだった。
貴婦人として社交界にデビュー目前のリンダは、お付きの女官達の眼を盗んで、時々ルオーに会いに来る。
竜王に会うというスリルと、作法無視にくつろげる息抜きを楽しんでいるのだ。
それと、エラの作る田舎風の焼き菓子も。
「私がここに来てるのは秘密よ」
リンダはルオーに耳打ちする。
王宮で貴公子たちに囲まれて、金箔を飾ったボンボンを上品につまんでいるはずのリンダは、芝生の上でルオーと二人、靴を脱いで足を投げ出し、パイの上に自家製のジャムとチーズと二種類のベリーをたっぷり乗せ、ビスケット生地をかぶせて焼いた、どっしりと厚みのある菓子にかぶりついていた。
「ローレル公爵家が、竜王様と『黄金のハート』のお二人を抱き込む陰謀を企てている事になっちゃうんだから。ロザモンド王妃は、それは猜疑心の強い方なの」
ラクロア出身の王妃はロードリアスの慣習を破り、二人の王子を『水の館』で教育させず、いまだに手元から放そうとしない。
暗殺者を恐れて外出もしない王妃はかえって国民の反感をかい、若く陽気なローレル家の兄弟の人気は高かった。
「ラクロアって、新興の南の国でしょ。三つの小さな国を強引に一つにまとめたのが、先代の王様。その王様も殺されて、今の王位にあるのが、ロザモンド様の父上なの。ずいぶん血なまぐさい事件がたくさんあったみたいよ。だから用心深いのはわかるんだけど、あれじゃ、敵を作るばかりだと思うわ」
ルオーは竜王と、最近は顔を見せないセネカとの話を思い出していた。
『ロードリアスより南は、この活動期の百年のうちに滅亡する』と。
竜王様の守りのないラクロアは、魔獣たちの活動期を乗り切る事は出来ないのだ。
ロザモンド様は知っているのだろうか。
そしてラクロアの人々は・・・。
ルオーは不安げに竜王を見上げる。
リンダの不法侵入に不機嫌だった竜王も、姉と話すルオーの嬉しそうな顔を見れば、追い出すわけにもいかない。
不承不承、庭のお茶会に付き合っている。
その上、おまけもついてしまった。
「よぉ、綺麗なお姫様」
大きな烏が舞い降りてきて挨拶したので、リンダはびっくり、笑い出す。
「まあ、あなたの烏なの?ルオー。慣れた烏は人の言葉を覚えるって聞いたけど、ほんとにうまいわ」
「俺はレイヴン。
このちびの物じゃない。
自由気ままな独り者さ」
「こんにちわ、レイヴン。私はリンダよ」
「リンダ。良い名だな。
気に入ったぜ、よろしくな」
ケラケラ笑い転げるリンダに、ルオーは説明するチャンスを逃し、はらはらした。
エラに焼き菓子のお代わりを勧められ、リンダはため息をついて首を振った。
悔しいけれど、ドレスの仮縫いが合わなくなってしまう。
毎日こんなにおいしいものを食べているのに、ルオーはどうしてこんなにほっそりしていられるのかしら。
竜王が大きくあくびをして、ルオーの脇で体を伸ばした。
気持ちよさそうに眼を閉じてしまう。
傍若無人の竜王の態度に始めはびっくりしたリンダだが、この頃やっと慣れて来た。
(竜王様は竜なんだから)
警戒心を解いてくれたのだ。
無視される事が受け入れられている事だと、わかって来る。
巨大な猫のように寛いでいる竜王の美しい横顔を、リンダはそっと眺めた。
未だにその黄金の眼をまともに見られないのだ。こんな鑑賞の機会、逃がす手はない。
名工の鑿が彫りあげた若い神のような横顔。
美しく、力強く、繊細さと荒々しさを同時に湛える異質な美貌。
白皙の額に冴え渡る、水晶のような竜印。
リンダは改めて納得する。胸の痛くなるような憧れと共に。
竜王様は、人間ではないのだ、と。
ルオーを守っているのは、巨大な獣なのだ。
宮廷のしきたりや、礼儀作法など意にも止めぬ、人嫌いの野生の獣。
ロードリアスの守護聖獣、竜王。
人間達の葛藤などにはかかわりのない、引き込んではいけない存在なのだ。
だが、リンダは不安を隠せなかった。
後ろ盾もなく宮廷で孤立していた小さな少年と、人ならぬ身の竜王。
二人には、ロードリアスの宮廷がどんなに複雑な陰謀術策の泥沼なのか、理解する術もないのだ。
(あと四年。四年もたったら、私はお嫁に行ってしまうわ・・・)
この方と弟を守りたいのに、とリンダは強く思い、身の程知らずの自分に気が付いて、びっくりする。
(ああ、どうか、この二人がこのまま平和に暮らせますように・・・)




